第71話 過去との密会 その2

「おぉ、久しぶりだな、英雄」



 地下室に降りたクリフォードを出迎でむかえたのは、小太りの男であった。



「英雄はやめてくださいよ、ロックさん」



 笑いながら抱擁ほうようしてくるロックを、クリフォードは苦笑いで返す。



「ははは、わるいな、モグラ。つい、うれしくて、アホみたいにはしゃいじまった」


もやめてください。僕は、ただの一般人です」


「ははは、そうだった、そうだった。アホみたいなこと言っちまったな。だが、今更、名前を聞いても覚えらんねぇから、アホみたいな話だが、俺はモグラと呼ばせてもらうぞ」



 ははは、と再び笑って、ロックは自分の腹を叩いた。この陽気ようきな男は、相変わらずだな、とクリフォードは肩をすくめて見せた。



「いやぁ、それにしても懐かしいな。あの頃は、もっと小さくて、あほみたいなガキだったが、いいおっさんになっちまったな」


「えぇ、まぁ、今年で30ですからね」


「おぉ、聞いたぞ。結婚するんだってな。いやぁ、おまえなんかをもらってくれるアホみたいな女がいてくれてよかったな。おめでとう。おめでとうな、ははは」


「ありがとうございます」



 不思議な感覚であった。


 この地下室で、クリフォードは、こんなおだやかな話をしたことがなかった。いや、あったのかもしれないが記憶にない。だからだろう、まるで知らない部屋にいるような気がしてならなかった。



「もういいだろ。そろそろ本題に入らせてくれ」


「おっと、そうですな、チェアーマン」



 デビッド王子が腕を組むと、ロックは、やっと口を閉じた。


 ロックに連れられて、クリフォードは奥の部屋へと通された。さっぱりとした部屋で、打ち合わせによく使われていたのを覚えている。


 三人が座ったところで、ようやくデビッド王子は、話を切り出した。



「話というのは他でもない。この間の舞踏会の事件だよ」


「え?」



 意外な話が舞い込んできて、クリフォードはおどろいた。



「あれは、マイルズの暴走という話では?」



 クリフォードとイザベルがおとずれた、デビッド王子主催しゅさいの舞踏会。そこで、マイルズ・キングストンが、誘拐事件を起こした。


 その誘拐事件は、イザベルが、ほぼ力づくで解決しており、大事にはいたらなかったはずだが。


 デビッド王子は、首を横に振った。



「そうもいかないんだ」


「とは言いましても、誘拐された少女も怪我はなかったし、マイルズもキングストン家に拘束されていると聞きましたが」


「あぁ、マイルズは問題ない。問題なのは、その部下だ」


「部下? 確か、命に別条はないと」



 まさか、死んだのか? イザベルの本気の殴打を受ければ、死なない方が難しいと思うし。


 しかし、デビッド王子は、よりわるい事情を告げた。



「確かに命に別条はなかった。そもそもからな」


「? ……あぁ、そういうことですか」



 苦々しい顔をして、ひたいこぶしを当てるクリフォードに、デビッド王子は続けた。



「マイルズの部下の一部、完全武装していた者達は、戦う前から死んでいた。つまり、屍人アンデッドだ」


「屍の国ですか?」


「いや、まだ確証はないが、調査員は、屍の国ではないと言っている」


「ということは」


「おそらく、死霊使いネクロマンサーっす、英雄さん」



 唐突とうとつな話の乱入に、一同はドアの方に目を向ける。そこにいたのは、両手いっぱいに荷物をもち、背中でドアを開ける少女であった。



「こら、マッド。アホみたいにのそっと入ってくるな。ノックをしろといつも言っているだろ」


「さーせん」



 ロックが怒ると、マッドは言葉だけで謝り、ドアを足で閉めた。


 マッドが資料を机の上に広げ、そしていている席にドスンと座るのを見計らって、デビッド王子が口を開いた。



「紹介しよう。調査員のマッドだ。舞踏会誘拐事件の調査を担当している」


「ちーっす」



 マッドは、紙袋の中から、スティック状の砂糖菓子を取り出して、口に加えた。


 髪はぼさぼさで眠たげな眼差しに不自然さがない。小汚いワンピースを着ており、腰には大きなポーチをぶらさげている。隣にいるロックがでかいからだろうか、マッドが余計に幼く見えた。



「こんな子供をやとうなんて、人材が不足しているんですか?」


「言うな。見た目はガキで、実際にガキだが、魔術に関してはスペシャリストだ」


「どっちもひどいっすねぇ」



 ま、慣れてるっすけど、とマッドは頭をぽりぽりとかいていた。


 子供とひょうしたが、見た目も年齢もここではさして重要ではない。徹底てっていした実力主義、それが、ここの流儀りゅうぎであることをクリフォードは思い出した。



「では、一つ聞きますが、誘拐事件の屍人と死霊使いを結びつけた根拠は?」


「そうっすね。一応、最初から話すと、誘拐事件の後、捜査当局から連絡があったっす。誘拐犯の死体がおかしいって。そんで、死体をここに運んでもらって、調査したら、魔術紋様パターンをみつけたっす。これで屍人であることは確定」


魔術記号コードが読めるんですか?」


「一通りは。屍人の魔術紋様は、ここで腐るほど見せられたし、特徴があるんで、すぐにわかるっすね」


「ただ、それでも屍人がいれば、まずは屍の国からの諜報員スパイと考えるのが普通では?」


「えぇ、まぁ、もちろん、うちらもそう考えたっす。あ、いえ、嘘っす。うちは、最初から死霊使いだなと思ってたっす」


「なぜ?」


「魔術紋様のくせすかね。同じ紋様なんすけど、微妙に屍の国のものと違うんすよ。それで、おかしいなと思って、残存魔力の痕跡こんせきを調べたところ、屍の国の魔力は検出されなかったす。だとしたら、死霊使いだと推測するのが妥当っす」


「なるほど」



 クリフォードは、内心驚いた。彼女が簡単に述べた魔術紋様の解読も、残存魔力の採取も、その解析も、熟練の魔術師でなければ、できないことだ。


 確かに、実力は確かということか。



「納得してくれたっすか?」


「えぇ、非礼ひれいびます。お嬢さん」


「……お嬢さんは、やめてほしいっす」



 マッドは、頬を染めて目をそむけた。意外とシャイなのかもしれない。というより、ここで女として扱われていないのか。


 非難の視線をまじえて、デビッド王子を見ると、彼は、別の意味にとったようだった。



「先生を呼んだ意味がわかっただろ。死霊使いというのは、使だ」


「はぁ、やっぱり生きていたんですか」



 十数年前、クリフォードがまだモグラと呼ばれていた頃、ある作戦に参加し、そして、死霊使いを殺した。いや、であった。


 フランケン博士。


 屍人の研究に没頭するあまり、その魅力に取りかれ、屍の国に手を貸し、あと少しで最悪の死霊使いである。


 その死霊使いが生きており、そして、再び動き出した。あまりに不穏ふおんだし、不気味な緊急事態。しかし。



「勘違いしないでくれよ。別にフランケン博士を先生にってほしいと言うつもりはない。それは俺達の仕事だ」



 そう。デビッド王子は、そんなことで、クリフォードを呼びつけたりしない。彼にも矜持プライドがある。敵が強大だからという理由で、すでに、組織を抜けた者に頼ったりはしない。


 とすれば、理由は、一つしかない。



「舞踏会で、イザベルさんが狙われたからですね。僕と結婚するとなった途端とたんに、彼女が襲われた」



 やれやれ、と再度頭を抱えるクリフォードに対して、デビッド王子は告げた。



「そう、フランケン博士の狙いは、おそらく先生だ」




―――



死霊使い・・・生命は肉体と魂で構築され、魂核の崩壊を死と定義される。屍人は、魂核が崩壊した状態で生きている者を指す。普通はそんなことは起こらないのだが、特殊な魔術で、肉体に魔力を供給し続けることで、魂核がなくても生命活動を維持させることができる。その魔術を扱える魔術師を死霊使いと呼ぶ。彼らの魔術は、屍の国の屍人を参考にしたものが多く、その過程で、屍の国の諜報員となる者もいる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る