第68話 結婚式準備 その3

「はい、できた。どんなもんよ」



 キャサリンが、イザベルの背中をトンとたたくと、鏡の中にウエディングドレスを着た茶髪の女が立っていた。


 身体のラインが如実にょじつに出るドレスは、ちょうどこしより降りたところで広がっており、まるで魚のひれのようになっている。ノースリーブで、胸元がき過ぎているのが、少しずかしい。


 ベースは白なのだが、青みがかかっている。ところどころキラキラと宝石のように輝いており、そのうろこのような輝きは、伝説上の美女、人魚マーメイド彷彿ほうふつとさせた。


 誰だ?


 あ、私か。



「いい出来でしょ。ベルは、もともとスタイルはいいから、ラインの出るドレスが似合うのよ。ちょっと筋肉がつき過ぎだけど」



 ふふん、とキャサリンは、得意とくいげにはなを鳴らしていた。



「本番では、私のも貸してあげるわ。それで、完璧よ」


「完璧なのか」



 確かに、このドレスは、とても綺麗きれいだ。しかし、とイザベルは思う。このドレスは、とてもきれいだが、果たして自分に合っているのだろうか、と。



「ちょっと、肌が出すぎじゃないか?」


「うーん、このタイプは、肩を出すのが流行はやりなのよね。まぁ、長袖にしてあげてもいいけど、ベルは肌も綺麗だし、おかしくないと思うわよ。そもそも、あんた、いつも薄着じゃないの」


「騎士としては、何一つ恥じるところのない身体ではある。が、女としては、あまり見れたものではないと自覚しているんだ」


「そうかしら? まぁ、誰にも理想はあるからね。ふふ、でも、やっぱりマーメイドラインは綺麗ね。今、若い子の間で流行はやっているって聞いたから、作らせてみたけど、流行るのもわかるわ」


「私は、若くないぞ」


「いいの、いいの。感性を合わせているだけだから。ちゃんとベル用に調整してあるし」



 むう、とイザベルは、まだ不満に思う。



「それに、私は白がよかったな。ウエディングドレスというのは白いものだろ」


「あら、意外とステレオタイプなのね。今時は、みんな、カラードレスで結婚式するのよ。まぁ、いいけど、そう言うんなら、やっぱりAラインの方にしておく?」



 今日は、ウエディングレスの最終選定をする予定である。キャサリンが用意した数あるウエディングドレスの中で、今日までに残ったのは二着。


 一着は、今着ているマーメイドラインのドレス。名前の通り人魚のようなドレスの広がり肩をしているのが特徴とくちょうで、キャサリンのおすすめだ。


 もう一着は、Aラインのドレス。腰の上あたりからふわりと広がるドレスで、古典的といえる形状だ。純白のドレスで、イザベルはこちらの方が気に入っていた。


 ちなみに、このシルエットラインの呼び方を、イザベルは最近知った。ドレスについて説明を受けた際に、Aラインがあるのならば、Bラインもあるのかと聞いたところ、キャサリンに鼻で笑われた。


 

「そうだな。私は、Aラインの方が好きだな。二着も用意してもらってわるいが、やはりあちらにしようと思う」


「えー、そう? 私は、こっちもいいと思うけどなー。うーん。ねぇ、もうちょっと考えてみない?」



 あ、これはいつものやつだな、とイザベルは嫌な予感を覚えた。


 キャサリンの、もうちょっと考えてみない? は、自分の好きな方を選ぶまで考え続けなさい、と同義だ。


 このパターンに入ったら、キャサリンの思う通りに話が進むまで終らないことを、イザベルは何度も経験していた。


 しかし、今回は、そういうわけにはいかない。



「いや、もう決めた。私はAラインの方にする」


「そう言わずにさ。ほら、鏡をもっと見なさいよ。こっちの方が身体のラインが出ていて、ベルの良さが際立っていると思うわ」


「私はもっとふんわりしたのがいいんだ」


「あっちの方が子供っぽいって。さっき若いかんじは嫌って言ってたじゃないの」


「どちらにしろ大人が着るものなんだから、子供っぽいはないだろ。それに、前回、Aラインの方を着たときは、クラシックにまとめてあるとドヤ顔をしていただろ」


「あのときはあのとき。まだ、マーメイドラインを見ていなかったもの。この仕上がりは、非の打ちどころがないわ。今度、私のドレスも仕立てようと思ったくらいだもの」



 まさか、実験のためにイザベルのドレス選びに協力してくれていたのではなかろうな。



「ね、だから、マーメイドラインにしよ。なんなら、私も当日、のドレス着るから」


新婦しんぷとおそろいのドレスを着る気か?」


「大丈夫。ベルよりも目立たないようにするから。私、そういうの得意だから」



 どの口が言うんだ。



「くどいぞ。Aラインの方にする。これは決定事項だ」


「えー、あ、わかった! じゃ、両方着よう。途中でお色直ししてさ。それならいいでしょ? うん、そうしましょ」


「勘弁してくれ。私も金がないわけではないが、こんな高価なドレスを二着も買うのは気が引ける」


「は? 何言っているの? 二着ともプレゼントするわよ。あたりまえでしょ」


「え?」



 その発言は予想しておくべきであったが、イザベルは、不意をうたれ、驚いてしまった。



「待ってくれ。この聖堂の予定をとってもらっただけでも世話になっているのに、その上、ドレスを二着ももらうことなんてできない」


「何を遠慮えんりょしているのよ。親友なんだから、このくらい当然でしょ」


「親友といえど、線引きはすべきだ。ドレスはちゃんと買い取るし、当日はAラインのドレスを着る」


「な、何よ、むきになっちゃって。あげるって言っているんだから、もらっておけばいいじゃないの」


「別にむきになっていない。ただ、と言っているんだ」



 イザベルは、不意に口に出してしまってから、ハッと口を閉じた。だが、既に言葉は放たれ、戻ってくることはない。



「はぁ?」



 案の定、キャサリンは明らかに不快な声をらした。



「何? 余計なお世話だって言いたいわけ?」


「いや、そういうつもりじゃ」


「だって、今、言ったじゃん」


「キャシーがあんまりにもしつこいから」


「つい、本音が出ちゃったんだ。ふーん」


「だから、そうは言ってないだろ」



 別にいいけど、とキャサリンは、イザベルの背中を叩き、そっぽを向く。



「まぁ、私だって別にやりたくてやっているわけじゃないし。王下騎士団の団長様が何にもできないから、仕方なくやってあげているのに、その言い草はどうかなって思っただけで」


「そんな言い方はないだろ」



 いつもの軽口かるくち応酬おうしゅうだったはずだ。けれども、イザベルは何か苛々いらいらしていた。その正体はわからないまま、イザベルは、つい言い返してしまった。



「おまえに頼んだ覚えはないし、勝手にやったことだろ。何度も言うが、私はもっとこじんまりとするつもりだったんだ」


「……っ! その言い方の方がひどくない!? こんなにしてあげたのに、本当は迷惑だったって言うわけ?」


「そんなこと言ってないだろ。いろいろしてくれたことについて感謝している」


「でも、本当はやりたくなかったって言うんでしょ? じゃ、一緒じゃん。それじゃ、やめちゃえば? あんたのお好みのちっちゃい教会で適当に済ませば?」


「そうもいかないだろ。もう、おまえが大勢に招待状を送ってしまったんだから」


「それも、《私のせい》ってことね! はいはい、ごめんなさい!」


「誰もおまえのせいとは言ってないだろ! ちゃんと話を聞け!」


って言わないで!」



 キャサリンの大声は、アキリズ聖堂内にまるで悲鳴のようにひびいた。

 


「もう、あんたの話なんて聞きたくない! せっかく……、せっかく、結婚相手を探してあげて、結婚式まで準備してあげたのに、こんな仕打ちを受けるなんて思いもしなかった!」


「おい、ちょっと待て」


「命令しないで! 私は、あんたの部下じゃないの!」



 泣き声混じりで、背を向けて歩き去っていくキャサリンには、もう、イザベルの声は届かなかった。

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