第29話 初夜(仮) 反省会
「女失格ね」
キャサリンは、心底呆れたという目を、イザベルに向けた。
「ベッドの上で男と女が何をするのか、その歳になるまで知らなかったなんて」
「もう勘弁してくれ。今思い出しても恥ずかしいんだ」
イザベルは、両手で顔を覆っていた。
子作りに関する勘違いをした夜、家を飛び出して、ヒュドラと大激戦を繰り広げてから、既に一週間が経過していた。というのに、イザベルは、未だに夜の勘違いのことを消化できずに、
産まれてきて、30年生きた中で、もっとも恥ずかしい。
「だからって、ヒュドラに1人で挑んだりする? 女として、というより、人としておかしいわよね?」
「恥ずかしい気持ちをどうにかしたくてな」
「でも、ヒュドラよ? 町とか滅ぼすレベルのモンスターなのよ? 何? 自殺願望でもあるの?」
「いや、憂さ晴らしに、ちょうどいい相手がいなくてな」
「ヒュドラがちょうどいい相手って……、あんた、もう人間やめてたのね……」
キャサリンは呆れつつ、そんなひどいことを言った。いつもなら聞き流せるのだけれども、今のイザベルにはいささか堪えた。
ヒュドラと戦っている間はよかった。気を抜いたら死ぬという、危機感から、剣以外の他所事を頭から排除できた。
しかし、帰ってきてからというもの、あの夜の出来事と、凄まじい恥ずかしさが、鮮明にフラッシュバックしてきて、イザベルを死にたいくらいに悩ませていた。
世界最強の騎士とまで言われたのに、ヒュドラにではなく、恥に殺されそうとは、お笑い草である。
ちなみに、家に帰ってから、今に至るまでイザベルは、クリフォードと目を合わせられていない。当然、彼の部屋にも立ち入っていない。
「いやいや、子作りは、さっさと再チャレンジしなさいよ」
「……まぁ」
「まぁ、って何よ。これでベッドの上でやることもわかったんだから、しっかり子作りできるでしょ」
「……うん、まぁ」
「だから、まぁって何よ、その気のない返事は。やる気ないの? え? もしかして怖いの?」
「怖いわけではないんだが」
「そうよね。ヒュドラに1人で挑める女が、旦那のベッドにもぐりこめないわけないわよね? じゃ、何なのよ」
「……は……い」
「え? 何?」
「……恥ずかしい」
「……は?」
喉から絞り出すようにイザベルが告げると、キャサリンは疲れたように頭を抱えた。
「一応聞くけど何が?」
「……裸に、なるのが」
「……そう」
キャサリンは、ふう、と一つ息を吐いて、そらから、紅茶を一口すすり、天井を仰ぎ、こほんと咳払いして、叫んだ。
「乙女か!」
それは、イザベルとキャサリンの長い付き合いの中で、最大級の突っ込みであった。
「あんた、もう30でしょうが!」
「そうは言っても、したことないし」
「聞いたことくらいあるでしょ。それこそテッドとか。あの下品男なら、こういう話を勝手にしてくるんじゃないの?」
「次に会ったら、あいつは殺す!」
「あぁ、何か変なことは吹き込まれたのね」
はぁ、とキャサリンはため息をつく。
「この展開は予想していなかったわ」
「あぁ、自分でもびっくりしている」
「こうなったら、旦那の方に夜這いさせるしかいないわね」
「いや、子作りの方法を知った今、クリフォードがベッドに入ってきたら、恥ずかしくて殺してしまうかもしれない」
「子作りも命懸けなのねぇ」
もはや諦めたように言うキャサリンに対して、イザベルは肩を落とす。
「キャサリンは、よくあんなことができたな」
「まぁ、私は最高にいい女だからね」
「よくあんな恥ずかしいことを臆面もなく」
「おい」
「いや、批判するつもりはない。ただ、いったいどうすれば、あんなことができるのかを聞きたいんだ?」
「本当かしら。んー、そうね。一応、まじめに答えると、愛、かな」
「……私は、まじめに聞いているんだが」
「どういう意味よ!」
少し照れたのか、キャサリンは顔を赤らめる。
「いい! 子作りは愛なの! 愛なくして子作りなんてできやしないわ! まずベルがすべきことは旦那を愛すること! わかった!」
「……はい」
イザベルは素直に頷いた。
子供を産んだ経験のあるキャサリンの言葉は、それこそ乙女ぽっくはあるものの、聞き入れるに値するものと思ったからだ。
とにもかくにも、クリフォードと話し合わなくてはならない。お互いに気を遣って、すれ違っている今の状況は、おかしいし、イザベルも有耶無耶な展開は好きではない。
ただ、イザベルは、クリフォードとの子作りの他に、もう一つ対処すべき重要な案件を抱えていた。
新しくできた娘について、である。
ーーー
乙女か!・・・質実剛健な三十路女が見せた初心過ぎる一面に、キャサリンが放った突っ込み。基本的に、キャサリンの友人達は、しっかりしているので、彼女が突っ込むことは珍しい。そんなキャサリンに、腹の底から突っ込みフレーズを言わせたということは、イザベルの天然ボケレベルの高さを示している。
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