第92話 ホリーの冒険 その2 ~地下通路~

「思ったよりも明るいのね。この光っているのって鉱石かしら。変な色」



 ホリーは、地下通路を歩きながら、うきうきとした様子で辺りを見回していた。


 

「自然の鉱石なんじゃないかな。家で使われている鉱石は、魔法細工師が加工していて、色を調整しているんだ」



 後ろを歩くトーマスが、同じように周りを見回しがら知識を披露ひろうしていた。初めは乗り気でなかった彼も、地下にもぐってからというもの、さすがに冒険心が止められなかったようだ。



「でも、やっぱり怖いわ。お化けとか出て来ないかしら」



 隣を歩くレイチェルは、ぎゅっとホリーの腕につかまっている。暗くはないが、おかしな色合いで照らされる地下道には、確かに人外が住みいていそうな気はする。


 ただ、レイチェルにはわるいが、ホリーはというと、むしろが出てくれるとおもしろいなどと不謹慎ふきんしんなことを考えていた。



「ホリー様、トーマス様、そろそろ戻りませんか? こんなところ、暗いですし、危険ですし」



 最後尾を歩くサラは、未だに否定的な意見をぼやいていた。ちなみにテッドは、ベルに殺される前に撤退だとどこかに行ってしまった。



「何? サラ、もしかして怖いの?」



 ホリーがひやすように尋ねると、サラは慌てて否定した。



「こ、こ、こ、怖くないですよ! 私に怖いものなんてないんですから!」


「え? サラは蜘蛛くもが怖いんでしょ?」


「ちょっと、レイチェル様!? どうしてそれを!?」


「お母様が言っていたもの。掃除のときに蜘蛛が出てきて、きゃって叫んでいたって」


「いや、それは、その、勘違いというか」



 ごまかそうとするサラに対して、ホリーは足元を指さした。



「あ、でっかい蜘蛛」


「ぎゃあああああ! ママぁぁぁぁあ!」


「嘘だけど」


「……、ママママンドレイク、みたいな」


「「「……」」」


「……、えぇ、怖いですよ! こういう暗くて古そうなところは、虫がたくさんいそうで嫌いなんです!」


「初めから、素直にそう言えばいいのに」


「だって、このとしにもなって蜘蛛が怖いとか恥ずかしいじゃないですか」


「意外と見栄みえりなのね。そんなに怖いんだったら、外で待っていてもよかったのに」


「それはできません! 私の仕事は、皆さんのお世話と警護けいごなんですから」


「それじゃ文句を言わずについてきなさい」


「……はい、……あれ?」



 ちょろいサラを言いくるめて、ホリーは先へと歩を進めた。


 いくらか不安定な足場もあるがおおむね歩きやすく、あたりまえだが人が通ることを目的として整備されていたようだ。


 道の分岐ぶんきが複数あり、その度にトーマスが来た道の壁に印をつけていた。こうすれば、帰り道に困らないだろうとのことである。帰り道のことを考えていなかったホリーは、なかなかやるじゃない、と感心した。


 それにしても、分岐が多い。多少アスレチックな方が冒険っぽくって楽しいけれど、こう入り組んでいると鬱陶うっとうしい。それに歩くだけなんてつまらない。


 

「そろそろお化けでも出てきてくれないかしら」


「ホリーお姉さま?」



 不安そうに顔をあげるレイチェルを引きづるようにして進んでいたホリーが、ちょうど飽きてきたとき、


 カチッ


 後ろで何か不穏な音が聞こえた。魔法というよりは、物理的な仕掛けが発動したような、そんな音が。


 

「みんな、ちょっと止ま――」



 ホリーが警告し終える前に、鋭く風を切る音とサラの悲鳴が地下通路にこだました。



「サラ! どうしたの?」



 振り返ったホリーは壁に刺さった無数の矢を見た。右側の壁から左側の壁に向かって放たれた矢。それらは通った者を明らかに串刺くしざしにするために用意されたものだ。


 ごくりと息をのむホリーの視界の中にいるのは、串刺しになったサラ、ではなく、かろうじて矢を避けきったものの、変な格好になってしまっているサラの気の毒な姿だった。



「サラ、大丈夫?」



 レイチェルが問い直すと、サラは引き攣ったように笑みをつくった。



「だ、大丈夫ですよ、レイチェル様。何の問題もありません。ちょっと死にかけただけですから」



 まったく大丈夫には聞こえない声色だったが、生きてはいるらしい。


 なので、ホリーは、胸の内にふくれ上がったわくわくを思いっきり口にした。



「冒険っぽい!」



 こういうのを待っていたのよ、とホリーは腕を振って興奮こうふんあらわにした。



「遺跡の冒険といったら、罠は欠かせないわ。私はこういうのを待っていたのよ」


「しかし、ホリー様。これ以上は危険です。ここで引き返しましょう」


「何言っているのよ、サラ。罠があるってことはこの先にお宝、龍の心臓があるって言っているようなもんじゃないの。むしろ、行くしかないわ」


「……少しは私の話を聞いてください」



 サラは、矢を引っこ抜きながら、拘束をいて、足場を確保しつつ、ホリーの方を見やった。



「ホリー様、私はメイドの立場で、皆様の言うことを聞くのが仕事です。しかし、皆様の身を守るためであれば、その意にそむくことも致し方ありません。ここで引き返さないのであれば力づくで連れ帰ります」


「うるさい、サラ」


「……えー。今は、私が強く出ているところじゃないですか。一蹴いっしゅうですか」


「だって、つまんないことばっかり言うんだもの。それに、今さらじゃないの」


「どういう意味ですか?」


「この遺跡が危ないなんて入る前からわかっていたことじゃないの。だったら、入る前に止めなきゃ。中に入っちゃだめじゃん」


「それは、そうですが」


「ね。だから、今さら戻ってもサラはきっと怒られるわ」


「た、確かに」


「でしょ。どうせ怒られるんだったら、中途半端なところで引き返すよりも、行くところまで行って、龍の心臓を手に入れてから帰りましょうよ。そっちの方が絶対にいいわ」


「う、う、うーん」



 悩んでいるサラを見て満足し、ホリーは先に進んだ。てくてくとしばらく進んだところで、サラが気づいて追ってきた。



「ちょっと! 待ってください!」



 サラが3歩ほど駆けたとき、再び、カチッという不吉な音が聞こえた。

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