第8話 お見合い その3

 さて、三人目ともなれば、イザベルも慣れたものである。ドレス姿への抵抗も薄れ、足をそろえた座り方もマスターした。


 ゆえに、次こそは成功させようと思ったのだが。



「あはは! マジかよ! 本当にヘヴィコングがドレス着てやがる!」



 顔の半面に刺青いれずみを入れた男が、大いに笑っているので、とりあえず殴ってやろうかと、イザベルは半ば本気で思っていた。


 テッド・リネハン。35歳。リネハンといえば、マッキントッシュ家とかなりえんの近い家柄だ。しかし、確か、彼の出自はリネハンではなく、養子として入ったはず。


 平民で優秀な者を、貴族が養子として招き入れることはよくあることだった。ただ、差別意識の強い者達は、そういった平民あがりの者を嫌う傾向にある。


 ゆえに、結婚するのはたいへんだと聞いたことがある。だが、彼の場合は、そういった事情よりも、性格の方が問題だろうとイザベルは推測する。


 彼のことは、実のところよく知っていた。いわゆる、元同僚である。


 イザベルが、魔境騎士団に所属していた頃、彼もちょうど魔境騎士団にいたのだ。


 実力は確かで、在籍期間はかなり長いのではないだろうか。しかし、口がわるく、イザベルのことを、重量級の猿ヘヴィコングとか、筋肉の怪物マッスルモンスターとか呼ぶので、あまり好ましくは思っていない。


 だから、彼への第一声はこんなかんじで十分だ。



「何の用だ、テッド」


「おうおう、何の用だはねぇだろ。縁談を受けて来てやったんだから、もっとしおらしくしろよ」


「……チッ」



 イザベルは聞こえるように舌打ちをした。

 

 キャサリンが手配すれば、テッドが候補に入ってもおかしな話ではない。ただ、彼は、結婚には興味がないものと思っていた。


 女に興味がないわけではなく、むしろ、女と遊びまわっており、ゆえに、特定の女とちぎる結婚という制度を嫌っていたはずだ。


 それが、いったい何の冗談だ?


 イザベルが怪訝けげんな表情を浮かべている、一方で、テッドはにたにたと笑う。



「しかし、おまえも女だったんだな。まさか結婚したがっているだなんて。やっぱり、あれか、30にもなって未使用だと、さすがにがうずくのか?」


「相変わらず下品な男だ」



 まぁ、騎士団は基本的に男所帯おとこじょたいなので、この手の下品な物言いにも慣れてしまったが。



「私の自由だろ。まぁ、以前の私を思えば驚くのも無理もないが、思うところがあったのだ」



 イザベルがテッドと共に戦っていたのは、魔境の最奥部に突入したとき。つまり、イザベルが最も戦いに熱中していた時期だ。


 鬼神と称されたほどに、戦いに明け暮れていたイザベルが、結婚を求めてひらひらのドレスを着ているのだから、そりゃおかしくもある。



「しかし、驚いたのは私も同じだ。まさか、私に気があったとはな」


「はぁ?」


「ん? ここに来たということは、私と結婚する気があるということだろう。今更、私の素性を確認しにきたわけでもあるまいに」



 魔境騎士団にいたときには、『メス猿は抱けてもおまえだけは無理だ』などとうそぶいていたくせに、テッドもつくづくへその曲がった奴である。


 まぁ、こいつだけはお断りだが。


 いくら強かろうが、性格がわるく、誠実性の欠片もない。泣かした女は数知れず、借金も少なくないと聞いた。きっと今でもそうだろう。


 何より顔がタイプではない。


 テッドにはわるいが、丁重にお断りしよう。

 ふふ、いい気味だ。



「あぁ、何言ってんだ?」



 イザベルが、どう断ってやろうかと考えると、テッドが首を傾げた。



「俺は、ただ、おまえが婚活をしているっていうから、ただ見に来ただけだけど?」


「……はぁ!?」


「いやぁ、それにしても、そのドレス、全然似合ってねぇな。筋肉隆々な腕と足が、無様ぶざまという他ない。まるで女装しているようだ。いや、俺が着た方がまだ似合うんじゃないか? あはははは」


「……」


「だいたい俺が結婚なんかするわけねぇだろ。まぁ、おまえがどうしてもというんなら、一回くらい抱いてやってもいいかと思ったんだがな。いや、俺もな、おまえが女の格好をしたら、もしかしたら抱けるかと思っていたが、やっぱり無理だったわ。ごめんな」


「……」


「あぁ、おもしろかった。魔境騎士団の連中に、いい土産話ができた。爆笑必至だな、こりゃ。じゃ、俺、そろそろ帰るわ」


「……いやいや、もう少しゆっくりしていけよ、テッド」



 イザベルは、自分でも驚くほど低い声を出した。その重低音に、テッドは、びくりと身を揺らした。



「いや、俺も何かと忙しいからな」


「そう言うな。久しぶりに会ったのだ。ゆっくり話そうじゃないか」



 イザベルは立ち上がり、壁の方へと歩いていく。



「いやいや、王下騎士団の団長様の時間を俺なんかが無駄に使っちゃわるいって」


「なぁに、今日はオフだ。おまえのために休暇をとったんだ」



 近くにないと落ち着かないからと、壁に架けておいた、イザベルの愛剣、火龍牙ファング・オブ・サラマンダー。その柄を手にした瞬間、テッドが音を立てて身構えた。



「おいおい、剣なんて、そのドレスには似合わないぜ」


「ははは、何を言う。そもそも私にドレスなぞ似合わないのだろ」



 その乾いた笑いは、湖を干上がらせてしまいそうなほど乾いており、窓ガラスがぴしりと音を立てた。



「おまえの言う通りだ。せっかく私達が会ったというのに、こんなつまらん話し合いは似合わない。もっと私達に似合った語り合いをしようじゃないか」



 そう言って、イザベルは、魔境を文字通り切り開いた、愛剣、火龍牙の刀身をあらわにして、にかりと悪魔めいた笑みを浮かべた。



「さぁ、語ろうじゃないか! お互いの剣技をもって!」


「おいおい、まじかよ。ちょっと待てって!」


「問答無用だ! さんざん好き勝手言いやがって! ぶっ殺してやる!」



 その後、イザベルは、真夜中になってテッドを見失うまで、テッドを追いかけました。怒り狂ったイザベルから逃げ切ったのだから、さすがテッドと言えなくもない。


 ただ、次に会ったら殺すとイザベルは心に誓ったのだった。



ーーー



ヘヴィコング・・・魔境地域に入ってすぐの森に生息している猿型の魔物。とにかく馬鹿力で、騎士の鎧を素手の打撃で粉砕する。強さでいえば中位であるが、バランスのよい身体能力と、群れで行動することから、危険度はかなり高い。これまでに、最も多くの騎士を殺した魔物とも言われている。イザベルは馬鹿力であることを揶揄されて、ヘヴィコングと呼ばれることがある。その度に、イザベルは、ヘヴィコングと呼んだ者を駆逐するよう努めている。

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