第7話 お見合い その2

 一度の失敗でへこたれてはいけない。

 

 剣も同じだが、失敗は成功への階段のステップに過ぎない。くよくよせずに次の縁談へと向かうべきだ。


 ということで、後日、別の縁談を迎えた。


 わけなのだが。



「たいへん申し訳ありません!」



 騎士の儀礼服を着た若い男が、いきなり謝ってくるので、イザベルは困惑していた。


 ウォルター・スプーナー。20歳。マッキントッシュ派閥であり、マッキントッシュ家の私設騎士団、矢の騎士団アローズ・ナイツに所属している。身のこなしが、騎士のそれであるが、新米がゆえに、まだ固さがある。


 家柄的には、オルブライト家と大差ないが、若くして矢の騎士団に入団しており、将来の有望株といえる。


 そんな、若者が、なぜ三十路のであるイザベルとの縁談なんかに応じるのか。


 ……自分で考えて悲しくなるが。


 イザベルが、うつとした気分でいぶかしんでいたところに、開口一番、ウォルターは謝罪の言葉を述べたのだった。



「あの、ウォルター殿。いったいどういうことでしょうか?」


「真に申し訳ありません!」


「いや、だから、何がですか?」



 少し苛々いらいらとした口調で、イザベルが尋ね直すと、ウォルターは、びくりと身体を震わせた。



「私には、がありません! ゆえに、この縁談お断りさせてください!」


「はぁ?」



 イザベルが、眉をひそめると、ウォルターは間髪入れずにまた謝罪の言葉を叫んだ。



「相手が王下騎士団団長と知っていれば、こんな失礼なことにならないよう縁談の申し込みなどしなかったのですが、キャサリン様が事前に教えてくれなかったものですから」



 なるほど、知らなかったのか。

 相手がイザベルだと知っていれば、申し込まないというのは、複雑な心境であるが。



「本来であれば、結婚など未熟な俺にはまだ早いのですが、マッキントッシュ家からのお誘いであり、無下にもできず」



 キャサリンの奴。

 あの子には、いささか強引なところがあるから、困ったものである。



「後から、団長がお相手だとわかり肝を冷やしました。ただ、今更断るのも失礼かと思い、で、団長との結婚を考えようと、はらを決めたつもりだったのですが」



 え? そんなに覚悟いるの?

 バハムートって、命を落とすほどの覚悟なんだが。



「団長に実際に会ってみて、ことに気づきました」



 まだ足りないの!?



きたえ抜かれた肉体に、その身の内からあふれんばかりの魔力。ドレス姿であるというのに、間合いに入った瞬間に生きた心地がしませんでした。まるで魔王。絶対に縮まることのない圧倒的な実力差に、ひれ伏すことはあっても、結婚しようなどとは恐れ多くて、とても思えません」



 ……魔王。

 悪気は、ないんだよね。

 たぶん。



「身の程も知らずに、縁談の申し込みなどをしてしまい、たいへん申し訳ありませんでした。どうか、お許しを!」



 お許しを、って、捕って食うとでも思っているのだろうか。いや、思っているのかもしれない。なんといっても魔王だし。



「騎士が、そう易々と頭を下げるものではない」



 イザベルはため息をついた。



「貴様の言い分はわかった。心配することはない。キャサリンには私から伝えておこう」



 その言葉を聞いて、ほっとしたようにウォルターは顔をあげる。



「しかし」



 イザベルは、ぎろりと睨みをきかせる。



「騎士が、簡単に屈するとは何たることか! 今、私と貴様に圧倒的な差があるのは、確かだろう。しかし、いずれは追いつき、追い越してやろうと思わずして、どうして騎士でいられようか!」


「は、はい!」


「貴様は優秀だと聞いている。あぁ、剣の腕はいいのだろう。だが、そんな心持ちでは、一生強者にはなれんぞ!」


「はい!」


「相手を尊敬することは大事だ。一方で、絶対に追い抜いてやると敵愾心てきがいしんを抱くことも忘れてはならない。私などにひれ伏している暇があるのならば、くそババアと叫んで、剣を振れ!」


「はい!」


「はい、ではない! 言葉ではなく、態度で示せ! ほら、言ってみろ! この糞ババアと!」


「はい! この糞ババア!」


「誰が糞ババアだ!」


「ぐへぇ!!」



 ふぅ、とイザベルは、満足そうに息を吐いた。


 その気のない若者に、言い寄るつもりもない。ただ、ちょっと苛ついたので、一発どついてやろうと思っていたところだった。


 イザベルは腰に手を当てて、ウォルターにかるく笑いかける。



「よし、次の予定まで少し時間もあるしな。せっかくだし、貴様の剣術を見てやろう」


「いいのですか!?」


「何だ? 私では不満か?」


「いえ! ぜひ、お願いします!」


 それから、外に出て、ウォルターとかるく手合わせをしてやり、三度ほど吹っ飛ばした。ぼろぼろになったにも関わらず、ウォルターは大いに感謝して帰っていった。



ーーー



バハムート・・・人類史上最も大きな被害をもたらしたとされる古代龍。バハムートの襲来により、その時代の文明は一度滅んだとすら言われている。英雄アーサー率いる円卓の騎士団によって、討ち取られたと記録されており、龍に止めをさした聖剣エクスカリバーは王宮に保管されている。ただ、バハムートの存在に懐疑的な意見もある。そもそも、バハムートが人類を襲う動機が不明であり、仮に食料として必要だとしても、文明を破壊するほど爆食いすれば、最終的には食料がなくなり自分も滅ぶため合理性に欠ける。ただ、この手の神話に近い伝承に、マジレスするのは無粋というものであり、温かい心で受け入れるのが大人の対応である。

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