第44話 舞踏会 その4
「だからさ、毎回セントラルでやる必要ないじゃないの。サウスパークにだって、アキリズ聖堂があるんだから、たまにはこっちに来ればいいと思わない? そうしたら、わざわざセントラルにまで私が出向かなくてもいいのに」
白ワインをグラスの中で回しながら、キャサリンはぐちぐちと文句を言っていた。
「いえ、キャサリン様のおっしゃることは、その通りなのですが、僕は今ホリーを探していまして」
ホリーを探して、クリフォードがテーブルの合間を歩いていたところ、同じく舞踏会に訪れていたキャサリンに絡まれてしまった。
「何? 私の愚痴につきあえないってわけ?」
「いえ、そういうわけでは」
愚痴とは認識していたのか。
もともと話し好きの女であるが、今日は機嫌がわるく、まさしく愚痴となっている。おそらく、夫のマッキントッシュ次期当主が来ていないからだろう。
聞いた話では、隣国との外交に向かっているとか。
いつもはセントラルにいて、なかなか会えない夫に会えることを楽しみにしていたに違いない。
だが、来てみれば、夫はおらず、一人きり。
ゆえに、キャサリンがやさぐれて酒に浸っているわけで、クリフォードはとばっちりを受けていた。
「だいたい何でワインが輸入物なわけ? このブルゴーの白は、まだマシだけど、赤は酸っぱくて飲めたものじゃないわ。これなら、うちのワインを持って来ればよかった」
「まぁ、サウスパークのワインはおいしいですからね」
「そうなのよ! なのにわざわざ外国に行って、まずいワインを買ってくるなんて、どうかしているわ。こんな美人な妻を置いて、外国に行ってさ。ねぇ、クリフもそう思うでしょ!」
そこに繋がるのかぁ。
「ベネディクト様は、外交に行ったのであって、ワインを買いに行ったわけでは」
「じゃ、何? ワインが目的じゃないんだったら、女? 浮気にしに行ったっていうの? あぁ、もう年老いた妻はいらないって、そういうことなのね!」
「そんなこと言ってないじゃないですか」
「じゃ、何で、何で、ここにディッキーがいないのよぉ」
あぁ、変なスイッチ入っちゃったな。
キャサリンはついにぐずり始めてしまった。この人は、肝が座っているんだけど、ときどき不安定になるんだよな。
こんなことしている場合じゃないのに。
クリフォードは、ため息をつきそうになるのを堪えて、むりやり笑顔をつくった。
「ベネディクト様は、フラー帝国に向かったと聞いています。その白ワインがつくられたブルゴーのある国です。キャサリン様はご存知と思いますが、ブルゴー産のワインは貴重でなかなか手に入りません。それを、今日の、キャサリン様がいらっしゃる舞踏会に揃えたのは、ひとえにベネディクト様のお計らいと、そう思いませんか?」
「ディッキーが? 私のために?」
「そうです。その白ワインは、ベネディクト様が、キャサリン様のために用意されたプレゼントです。そして、キャサリン様は、誰に言われるまでもなく、自然とそのワインを手に取った」
「うん、おいしかったからね」
「いえ、ただ、おいしかったからではありません。これぞ、愛。ベネディクト様とキャサリン様の愛がなせる奇跡です」
「愛……!?」
「そう。愛です。いやぁ、すばらしいですね。遠く離れていても、こうやって繋がっていられるなんて。僕達も、キャサリン様のような夫婦になれたらいいなと思いますよ」
「え? うふふ、そうかなぁ」
キャサリンはやっと機嫌を直した。ここまで回復すれば、あとは他の奥様方がなんとかするだろう。
「しかし、確かにおひとりでは心もとないでしょう。トーマス様は連れてこなかったのですか?」
「ん? 連れてきたわよ。さっきまで、あなたの娘とその辺にいたのだけれど」
「ホリーと?」
トーマスの奴、ホリーと一緒にいたとはどういうことだ? まさか変な気を持っていたりしないだろうな。いくら、キャサリンの息子といえど。
「ちょっと、クリフ。顔が怖いわよ」
「そうですか?」
おっと、顔に出ていたようだ。平常心を保たなくては。まぁ、トーマスは紳士だから、ホリーにわるいことはしないだろうし。
「それで、ホリーは?」
「さぁ? うちの子は、あそこにいるけれど、見たかんじ、ホリーちゃんはいないわよ 」
キャサリンは、口に手を添えて、トーマスを呼び寄せた。
「何ですか? 母上」
「さっきまでホリーちゃんと一緒にいたでしょ? あの子はどこに行ったの?」
「あぁ、ホリーちゃんなら、クリフォードさんを探しに行くとどっかに行ってしまいましたけど」
トーマスは、クリフォードの顔を見上げて、首を傾げた。
「もう、女の子を1人でほったらかしにしちゃだめじゃないの。あなたがエスコートしてあげないと」
「すいません、母上」
息子をほったらかしにしていたキャサリンと、娘をほったらかしにしてたクリフォードに言えることではないと思うが。
それにしても、ホリーはどこに行ってしまったのだろう。イザベルさんも見当たらないし、もしかしたら、一緒にいるのだろうか。
まさか、何かあったなんてことは……。
「心配だ」
機嫌をよくしたキャサリンがトーマスにのろけ話をし始めるのをしり目に、クリフォードは足早に歩き出した。
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