第5話 お見合い準備
「母様。そんなに塗らなくてもよいです。私の顔はカンバスじゃなんですから」
「凹凸がない分、カンバスの方がマシだわ」
イザベルの母、エイダは、ぴしゃりと告げて、筆を握り直し、眉を描くことに専念した。
エイダは、イザベルと同じ髪と目の色をしているが、顔はあまり似ていない。女として正しく年齢を重ねた顔をしており、イザベルと違って化粧も洋服選びもできる。
「そんなに塗りたくったら、私の顔が埋もれてしまいます」
「埋もれて困るような顔をしていないでしょ」
「……一応、あなたの娘なんですけど」
「とんだ不良娘だこと。親からもらった顔をこんな傷だらけにするんだから」
「傷痕は、騎士の勲章です」
「乙女の恥よ」
言って捨てるエイダに逆らっても無駄だ。産まれてこのかた、イザベルは、母に口喧嘩で勝ったことがない。 父もそうだったから、イザベルは父似なのだろうと思っている。
「まぁ、でも、結婚を考えてくれるようになってくれて、私はうれしいわ。おまえのことだから、生涯独り身なのだろうと思って、孫の顔を拝むのは諦めていたのだけど」
この話は、何百回と聞かされていたが、化粧されているイザベルは、黙って聞くしかなかった。
「子供は授かりものだから、おまえの歳で、あんまり期待はしていないんだけどね。まぁ、その前に、おまえなんかをもらってくれる奇特な方を探さないと」
娘の夫となる人を奇特な方と呼ぶのは、どうかと思うが、その奇特な方の候補に、これから、イザベルは会うところであった。
キャサリンからの紹介だ。
イザベルのプロフィールを知った上で、会ってみてもいいと返答のあった3人の男達。 キャサリンの招集で3人しか集まらなかったということは異例らしく、もっと若ければねぇ、とキャサリンは遠い目をしていた。
その1人との会食を控え、こうしてエイダに化粧をしてもらっている。
「本当は、キャシーちゃんに化粧をお願いした方がいいんだけどね。今風の流行りとかあるでしょ」
「いえ、私がやるよりはマシです。足りない部分は、中身で補います」
「どの口が言うんだか」
キャサリンは、息子達とピクニックに行くとかで、今日は同席していない。彼女無しで、話を進められるか、いささか不安であるが、まぁ、なんとかなるだろう。
「よし、できた」
エイダは、パタンと化粧箱を閉じた。
鏡の中には、淑女がいた。キャサリンの描いた顔よりもおとなしめだが、気品がある。イザベルとしては、申し分ない出来栄えであった。
「くれぐれも失礼のないようにしなさい。おまえみたいな年増をもらおうと言う男なんだから、どうせ出来の悪い不細工だろうけど、断っちゃいけないよ。この際、どんな男でも文句言える立場じゃないんだからね」
本当のことかもしれないが、娘に対して、 ひどい物言いだ。
「重々わかってますよ。そもそも、私が結婚するのは、家柄のためでも、世間体のためでも、子供がほしいからでもありませんから」
「? それ以外に何か理由があるのかい? 変わった子だね」
イザベルが、しれっと言うと、エイダは首を傾げていた。それから、こほんと咳を一つして、胸元で十字を切った。
「まぁ、失敗しても、ご縁がなかったと思って、気を落とすんじゃないよ。男女の間柄は神のみぞ知る、だからね」
ーーー
神のみぞ知る・・・信教者が口癖のように口にする言葉。とりあえず、わからないことは、神のみぞ知るとしめておけば、そうだね、と皆納得する。特に男女の間柄は、神のみぞ知ると言われるが、たいていは最も策謀を巡らせた女子の思惑通りになることを皆知っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます