第20話 改めてお見合い その3
凄まじい殺気。
どうやら、本気で言っているようである。噂通り血の気が多いというか、喧嘩っ早いというか。いや、喧嘩になるような話の流れではなかったとは思うのだけれど。
どうしたものか、とクリフォードが戸惑っていたところ。
「やめなさい」
スパン! とキャサリンがイザベルの頭を叩いた。
「何をするんだ?」
「それはこっちの台詞よ。見合いの席で剣を出す女がどこにいるの? バカなの? 剣術バカなの?」
もっともな感想だとクリフォードは頷く。
「仲がよろしいんですね」
クリフォードが少し笑うと、キャサリンとイザベルは苦笑した。
「学生時代からの腐れ縁よ。昔はこんな堅物じゃなかったんだけどね」
「ふん。こいつは昔から気の強いはねっ返りだったけどな」
「さぁ、誰のことかしら。そうそう、私達も聖マリア中央学園の出身なの。歳も同じだし、どこかで会っていたかもね」
そうですね、とだけ返した。それから、少し考えて、クリフォードは口を開いた。
「僕からも一つ質問してよろしいですか?」
「何だ?」
「どうして、今ごろ結婚しようと思われたのですか?」
「それは、30歳にもなってという意味か?」
イザベルが凄んできたが、クリフォードは、無言で肯定の意を示す。
「それは私もぜひ聞きたいわね。この子ったら、私にも理由を言わないのよ」
「キャサリン殿まで」
キャサリンが乗っかったこともあり、逃れられないと思ったのか、イザベルは頭をかいた。
「実は、先日、親しい女騎士が寿退団したのだ。その騎士も、私と同じで剣術が好きで、他のことに興味のないような奴だった。そいつが、結婚を理由に騎士をやめると聞いて、本当に驚いた」
退団の理由は、結婚というよりは妊娠らしい。確かに子供を授かったら、騎士という危ない仕事はやめざるをえないだろう。
「もしかしたら家の事情で、むりやり結婚させられたのではないかと心配して、どうして結婚などしたのかと聞いたんだ。もしも、嫌々ならば、力になると。しかし、彼女は自らの意思で結婚したと言った。何でも、恋をしたんだとか。それで――」
うーん、とひとしきり唸った後、イザベルは、目をきょろきょろと泳がせながら、頬を真っ赤にして、小さな声で言った。
「私も……恋をしてみたくなって」
「「恋?」」
クリフォードとキャサリンは、声を揃えて驚きの声をあげ、顔を見合わせた。それから、キャサリンがいくつか質問を投げたが、その質問にイザベルが答えることはなかった。
つまり、友人が結婚してしまって焦りを感じたとか、恋する友人に感化されたとか、そういう話らしいが。
恋、か。
そんなものは、演劇の中と乙女の頭の中にしかないと思うのだけれども。
ふふ。
ついおかしくて、クリフォードは笑みを浮かべた。
決してバカにしたつもりはなかったが、イザベルに
だから、というわけでもないが、クリフォードは、いささか突発的で、流れに流されたような気もするけれど、この場に最もふさわしいセリフを
「イザベル様」
「何だ?」
「私は、まだあなたのことをよく知りませんが、あなたに興味を抱きました」
「はぁ」
「あなたに恋をさせることができるかはわかりませんが、もしもよければ、私と結婚していただけませんか?」
「……はぁ!?」
そのために今日の会合があったというのに、イザベルは顔を真っ赤にして、素っ頓狂な声をあげた。
「い、いい、いったい何が目的だ! 金か名誉か!」
「いえ、そういったものには、もう興味がありません。純粋に、あなたに興味があるんです」
「わ、わ、私にだとぉ!?」
何をそんなに動揺することがあるのかわからないが、イザベルは大いに取り乱した。その様子を横で、キャサリンがにやにやしながら見ている。
「そ、そもそも、私は、自分よりも弱い男とは結婚しな――」
「はい、そこまで」
短剣を振り回しながら、イザベルがあわあわと言うのを、キャサリンが制した。
「そんなこと言ったら、あんたの結婚相手なんてこの世のどこにもいなくなるでしょうが」
「いや、だ、だが」
「断る理由がないんでしょ? まったく往生際がわるいんだから」
「けど」
「けどじゃないの。クリフはもらってくれると言ったわ。あなたはどう応えるの、ベル?」
「私は――」
イザベルは、口を開いて、それから口を閉ざし、その鍛え抜かれた身体をできるだけ小さくして、こくりと頷いた。
ヘビィコングと呼ぶには、ちょっとばかり乙女が過ぎて、可憐というには、強靭過ぎる彼女に、クリフォードはできるだけ真摯に告げた。
「これからよろしくお願いします、イザベルさん」
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