第60話 クリフォード邸宅にて

 ゆるい日差しが窓から入り込む昼下がりに、クリフォードは、きょろきょろと周りを見まわしながら、歩いていた。



「どうかされましたか? 旦那様?」


「あ、ブレンダさん」


「お茶ならば、ちょうど今、お運びしようとしていたところですが?」


「あ、ありがとうございます。ただ、お茶ではなく」


「? 眼鏡ならば、胸ポケットに差してありますよ」


「知ってます。そうではなくてですね」


「んー、それでもないとしたら、何でしょうね。以前、旦那様がくしたとさわいでいた偽妖精の鱗粉フェイク・フェアリー・パウダーの詰まった小瓶でしたら、先ほど掃除の際にみつけましたが、それも違うでしょうし」


「え!? 本当ですか? どこですか!?」


「いえ、ですが、旦那様の探し物とは違うでしょう」


「違いましたけど、それはそれで探していたので、ください」


「いえいえ、メイドとして、旦那様の探し物が何か当てるまでは、この小瓶を渡すわけには参りません」


「……ちょっと理屈がわからないのですが、普通に探し物は教えるので、渡してください」


「いけません。メイドたる者、主人の欲しいものを看破かんぱできなければ」



 ブレンダは、優秀なメイドなのだが、優秀過ぎるがゆえに、自らに無用な課題を与えることがたまにあった。


 別に怪しいものを探していたわけではないので、普通に教えるし、仕事で使うので、偽妖精の鱗粉は渡してほしいのだが。


 クリフォードが苦笑していたところ、ブレンダは、指でぼんを三度叩いてから、ふむと頷いた。



「お嬢様ですね」


「ご明察です」



 当たって、ホッとするクリフォードの前で、ブレンダは、当然といった顔を見せた。



「ホリーが見当たらなくて。仕事が長引いて、午後の算術の稽古に遅れたことを怒っているんですかね」


「んー、どちらかというと、お嬢様は、算術が嫌いですからね。普通に逃げたのではないかと思われますが」


「あー、逃げられちゃったか」



 そういうことか、とクリフォードは、頭をかいた。そもそも算術は、ブレンダが教えていたのだ。しかし、算術だけは、どうしてもクリフォードに教えてほしい、とホリーに頼まれた。何でもブレンダの教え方がわるいのだとか。


 ブレンダは、厳しいが教えるのはうまい方だ。クリフォードも基礎知識はブレンダから習った。その際に、算術がわかりにくいと思ったことはなかった。


 だから、おかしいな、とは思っていたが、ただ単に算術が苦手だったのか。


 できないからといって許してくれるブレンダではない。そこで、許してくれそうなクリフォードに代わってほしいと頼んだわけだ。


 ちょっと甘やかし過ぎかな。



「ちょっとどころではなく、甘やかし過ぎです」



 クリフォードが言い訳がましく目を逸らすのに対して、ブレンダはぴしゃりと言った。



「いいですか。人には、学びに向く時期というものがあります。それは言うまでもなく子供の時期です。大人になっては、そうはいきません。なので、お嬢様くらいの頃に、しっかりと基礎を叩き込まなければ、後々、苦労を背負しょいこむことになるのですよ」


「ま、まぁ、それはそうですが」


「えぇ、お嬢様に嫌われたくないのはわかりますよ。それに私もメイドですからね、嫌われ役くらい買って出ましょう。ただ、旦那様も言うときは、しっかりと言っていただかないと困ります」


「……気を付けます」



 あ、これは、お説教モードだなと、クリフォードは悟り、どうにか話を変えようと考えた。が、考えがまとまる前に、ブレンダが話を変えた。



「まぁ、お嬢様がどこに行ったのかは見当がつきますけど」


「え? ブレンダさん、知っているんですか?」


「実際に見たわけではないですが、今日でしたら、おそらく奥様について行かれたのでしょう」


「イザベルさんに?」



 意外な名前が出てきて、クリフォードは驚いた。最初のような、よそよそしさはなくなったものの、一緒にお出かけするほど仲がいいとは思えなかったからだ。



「そのイザベルさんはどこに?」


「旦那様には教えておられなかったのですか? まぁ、ある意味、旦那様には伝えなくてもよいことかもしれませんが」


「ん?」


「ウエディングドレスの試着ですよ。もうすぐ結婚式ですからね」


「あぁ、そういうことか」



 そういえば、以前、そんなことを言っていたような気がする。それが今日だったのか。


 

「で、どうして、ホリーがついて行くんですか?」


「そういうお年頃なんでしょう」


「……まだ早いと思いますが」


「いずれ、そのときは来ますよ」


「はぁ……、心配だなぁ」



 クリフォードがため息をつくと、ブレンダは、やれやれと呆れていた。



「私としましては、旦那様の方が心配ですが、とりあえず、心配事のあるときは、仕事に邁進されるのがよいかと思います」


 

 そんな身もふたもないことを言うブレンダは、盆の上に小瓶と一枚の便箋びんせんを乗せた。



「先ほど言った偽妖精の鱗粉の入った小瓶です。それとお手紙が一通」


「手紙? 仕事ですか?」


「さぁ。ただ王宮からです」


「王宮? 僕宛に?」



 ブレンダの言う通り、便箋には王族の刻印がなされていた。王族から、クリフォード宛にくるとすれば、デビッド王子しか考えられないが。


 いったい何の用だ?


 いや、何用だとしても面倒であることには間違いないんだけど。



「やれやれ、この忙しいときに」





―――


偽妖精の鱗粉・・・妖精の鱗粉と呼ばれる魔法素材がある。実際に妖精がいるわけではなく、いくつかの条件が揃ったときに生じる魔力の凝縮された粉のことをそう呼ぶ。フラー王国が主な産地なのだが、国宝級の価値があり、実際に手に入れることが困難なために、似たような性質を持つ複製品が作られた。貧乏魔法細工師のクリフォードが扱えるのは、もちろん偽物の方である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る