第31話 ホリーの日常 終わり

「任せてくれ」



 クリフォードの頼みに、イザベルは胸を張って応えた。


「いやぁ、改まって話を切り出されたときには、離縁の話かと心配したが、そんなことであれば、お安い御用だ」


 家に帰ってきて、話があると、いきなりクリフォードにリビングへと呼ばれたのだから、イザベルも不安になる。


 しかし、クリフォード不在の間、ホリーの面倒を見てくれというのであれば、何の問題もない。


 むしろ、ヒュドラを単独討伐したことで、副団長にこっぴどく叱られて、しばらく何もしないでくださいと言われている。だから、ちょうどよいくらいだ。



「じゃ、お願いしますね」



 クリフォードは、にこりと笑って、席を立った。急いでいるらしく、彼はそのまま家を出るつもりのようだ。



「ちょ、ちょっと待て」



 そこで慌てて、イザベルは呼び止める。



「何ですか?」


「いや、あの、その、この前の、その、こづ……、夜のことについて、なんだが」


「夜、というと、イザベルさんが、僕のベッドの上で待ち構えていたときのことですか?」


「!? いや、あれは! 知らなかった、から、で、私は、そんな痴女では……!」


「あ、そのことですか。事情はわかっていますよ。そんな勘違いはしていません」


「そ、そうか。よかった。いや、だが、その、やりたくないというわけではなくてでな、その、その辺りの話を」


「あぁ、なるほど。だいたいわかりました。ただ、今は、ちょっと時間がないので、戻ってきてから、話しましょう」


「お、おう、わかった」


「じゃ、それまで家のことを任せますね」


「おう! 任せろ!」



 イザベルは、再度、依頼の受諾を告げる。

 

 実際のところ、イザベルのやることはほとんどないはずだ。掃除や洗濯はメイドがやるのだから、やることは、ホリーの警備くらい。


 その点、イザベルは自信があった。


 ん?



「クリフォード、不在期間は一週間といったか?」


「えぇ。ですから、週末は食事の用意、掃除、洗濯など家事全般をお願いします」


「え?」



 マジで?



「あと、朝食は毎日ですよ。食材は調理場にあるものを適当に使ってください。わからなかったら、ブレンダに聞いてくださいね」



「お、おう」



 自慢ではないが、掃除も洗濯も、ここしばらくしていない。学生の寮にいたとき、少しやっていたくらいだ。料理だけならば、魔境遠征をしていた際に、やっていたけど。


 できるだろうか。


 不安だ。


 いや、まぁ、できなくはないか。最悪、何か捕まえて焼けば、なんとかなる。


 うん、大丈夫。



「問題ない。安心して行ってこい」


「じゃ、行ってきますね」


「いってらっしゃい」



 このとき、イザベルは、わりと本気で大丈夫だと思っていたのだけれども、その目算があまいことは、まぁ、明らかであった。


 それ以上に、イザベルは別のことが不安であった。クリフォードの娘、ホリー・スウィフト。彼女から避けられているということだ。


 あの歳の子供は苦手だ。


 キャサリンの子供達も、イザベルが近寄るとまるでセブンテールキャットの縄張りに入ったかのように、一斉に泣き始める。


 きっと、ホリーからも怖がられているのだろう。これから一緒に暮らす身としては、なんとか打ち解けなくては。


 しかし、どうしたものか。



ーーー



セブンテールキャット・・・魔境地域に生息する猫型の魔物。その名の通り、七本の尻尾を有している。縄張りを大事にするため、敵が縄張りに侵入すると、一斉に大きな声で鳴き、威嚇する。敵が撤退しなければ、群れのすべての力をもって排除する。その捨て身の行動を恐れて、ヘヴィコングでも奴らの縄張りには近づかない。ちなみにピンク色の個体のセブンテールキャットは、とてもかわいらしく、好事家の間では、大人気である。

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