第48話 思い出の地での攻防戦 その3
1人を倒したことによる一瞬の気のゆるみ。
それでも剣には警戒していたつもりだったのだが。
同じく蹴り。
イザベルは咄嗟に腕でガードしたが、骨の折れる鈍い音が脳に響く。
しくじった!
痛みで意識が飛びそうになるのを、必死で引き戻す。
一瞬の気の喪失は、死とイコールだ。
歯を噛みしめ、神経を張り巡らせる。
そのおかげで、続いてやってきた背後からの斬撃に気づく。
なんとか
しかし、覆面共は、イザベルの態勢の崩れを見逃すことはなく、間髪入れずに放たれた打撃への反応は間に合わなかった。
「がはっ!」
腹への一撃。
咄嗟に後ろに跳んだことにどれだけ効果があったかはわからないが、壁に打ち付けた痛みはまだ感じることができた。
不幸中の幸い。壁に打ち付けられたおかげで、姿勢を保てた。
吐きそうになる息を呑み込んで、目をかっぴらき、次の打撃をなんとか躱す。
くるりと反転して、イザベルは、姿勢を立て直した。覆面共を睨みつけたまま、口の中に溜まった血を吐き捨てる。内臓を少し痛めたようだが、このくらいなら問題ない。
しかし、形勢が不利なのは変わらないが。
「ふふ、ホリーに偉そうなこと言えないな」
イザベルは自嘲気味に笑う。
鎧をぶち抜くために、大振りの蹴りを放ったが軽率だった。そこから一連の攻撃を受けてしまったのだから笑えない。
腕も一本やられた。
「ふん、もう諦めろ。さすがの団長も、ドレス姿では勝負にならん」
マイルズがおかしそうに笑う。
しかし、そのとおりだな。こんな似合わないドレスを着て、のこのこと舞踏会などにやってきて、挙句の果てに殺されかけている。
気が緩んでいたのかもしれない。
剣を振って、敵を倒して、ただ、それだけしか考えていなかった。それなのに、最近は、パーティに出向いてみたり、子作りに翻弄されたり、ホリーと遊んだり、昔のことを思い出したり。
やはり、結婚など慣れないことをするものではないな。
というのは、飛躍のし過ぎか。
思い出すのは、結婚を申し込まれた日のこと。
あのとき、クリフォードが、イザベルのことを見限ってくれていれば。結婚しようなどと誘ってこなければ、もっと、かっこわるくて、性格がわるくて、弱ければ。
「結局、嫁らしいことは何もしてやれなかったな」
すまない、クリフォード。
イザベルは、構え直し、折れていない方の腕を前に突き出した。
「さぁ、まだ私は死んでいないぞ! 王下騎士団団長イザベル・オルブライト! この首がほしければ刺し違える覚悟でこい!」
イザベルの啖呵に、覆面共は、一瞬ひるんだが、現状は気合でどうにかなる状態を過ぎていた。
覆面の1人が踏み込み、そして、突っ込んできた。
イザベルは、剣の動きを注視していた。
はずだったのだが、あろうことか、彼女の視線はまったく別のところへと向ていた。
剣の痛みはいつまで経ってもやってこない。
「ぬぉ!?」
代わりに聞こえてきたのは、覆面男の悲鳴。
そして、イザベルの視線の先には1人の男。月色の金髪に丸縁の眼鏡、少しだけしゃんとしたシャツとジャケットの彼は、以前のように突然現れて、覆面男を投げ飛ばしたのだった。
彼は、イザベルの方を見て、眼鏡をくいとあげると、にこりと笑った。
「嫁らしいことはこれからお願いしますよ。僕のお嫁さん」
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