第18話 改めてお見合い その1

「何か釈明することはあるかしら?」


「わるかったとは思っている。後悔はしていない」


「はっ倒すわよ」


「すまん」



 屋敷に戻ると、ひたいに青筋を立てて笑みを浮かべるキャサリンに出迎えられた。イザベルも鬼神と呼ばれた身であるが、このときのキャサリンの方が、よほどに鬼染みており、イザベルには平身低頭で謝ることしかできなかった。


 さて、ひとしきり絞られた後、やっとイザベルはドレスに着替えた。



「しかし、私を連れ戻すのに、矢の騎士団のを動かすというのは、いささか大げさではないか?」


「何言っているの。ネズミ捕りしにいくんじゃないのよ。キマイラを捕まえるのに、用心し過ぎることはないでしょ」


「キマイラって、怪物じゃあるまいし」


「怪物より怖がってたわよ、ケビンは」


「いや、あのケビン隊長に限って」


「だって、私がケビンに、あんたを連れてきなさいと命令したら、すっごい神妙な顔して、宝槍グングニルの使用許可を求めてきたもの」


「……殺す気だったのか」



 そういえば、持っていたな。何で完全武装しているのだろうと思ったが、それ以上に連れ戻されることが鬱で気づかなかった。



「まぁ、それはもういいわ」


「私はよくないんだが」


「呑み込みなさい。今は、とにかくお見合いに集中するのよ」


「あぁ、そうだったな」



 ちょうど髪結いを終えたらしく、キャサリンが、ふん、と満足そうに鼻を鳴らす。



「どう?」


「あぁ、いい出来だ」



 などと、イザベルは適当に返答するが、内心、憂鬱な思いであった。しかし、これ以上抵抗すると、本当にキャサリンに怒られるので、渋々と立ち上がり、お見合い会場へと向かった。



「ずいぶんと遅れてしまったし、相手は帰ってしまったのではないか?」


「大丈夫よ、女を待つのも男の甲斐性かいしょうだもの。それに、相手の方も遅れてきたしね」


「ふん。時間にルーズな男というわけだな。その時点で、私の好みとは異なる。もう会う必要ないんじゃないか?」


「黙りなさい。あんたに選ぶ権利なんてないのよ。最低限の条件がそろったら、いさぎよく結婚なさい」



 ほんと、横暴おうぼうな奴である。



「そんなに構える必要ないわ。私も知っている人だし、本当にいい人よ。まぁ、あなたとの関係という意味では、少しばかり微妙だけど、まぁ、愛があれば乗り越えられるわ」



 キャサリンの言ういい人というのは、腹黒い人と言い換えてもいいのだろうか。それに、何やら不穏当なことを言わなかったか?



「だいたい、今日、遅れたのだって、で足止めをくらったかららしいわよ」



 ん?

 あぁ、あの騎士の喧嘩か。


 あの野次馬の中にいたのだろうか。だとすると、イザベルの大立ち回りを見ていたかもしれない。いや、メイド姿だったし、騎士を怖がって、野次馬はわりと遠巻きに見ていた。顔まではわからなかっただろう。


 まぁ、イザベルの顔がわかるのは、あの騎士連中か、乱入してきた眼鏡の男くらいか。


 まさかね。



「さぁ、姿勢を正して」



 ちょうど、お見合い会場の部屋の扉の前に立ち、キャサリンが笑みをつくり、そして、扉を開けた。



「待たせたわね、クリフ」



 キャサリンにクリフと呼ばれた男、クリフォード・スウィフト。30歳。スウィフト家といえば、三大貴族の一つだが、彼は養子だと聞いている。キャサリンの息子の剣術指導をしているらしく、その縁で、今回の縁談が成立したとのことだ。


 くすんだ金髪に丸縁の眼鏡、細顔に青色の瞳が静かに揺れていた。シャツにジャケット、スラックスといったセミフォーマルな格好が、気取ってなくていい。


 ただ、おかしなことに、彼の。どこかで、喧嘩でもしてきたのだろうか。


 イザベルは、たらりと額から汗が垂れるのを感じた。


 その顔に見覚えがあったからだ。ついさっき、騎士の喧嘩を平定する際に見た眼鏡の男。イザベルが殴って怒鳴って、暴れ倒した一部始終を、最も近くで見ていた男。そして、最後に、イザベルがいちゃもんをつけた男である。


 イザベルは、ふっと肩の力を抜いた。


 これは、またダメだな。



ーーー



宝槍グングニル・・・マッキントッシュ家に伝わる伝説の武具の一つ。英雄オーディンの所持していた武具であり、怒龍トールを貫いたとされる。オーディンとマッキントッシュ家は直接関係なく、先人がオーディンから譲り受けたとされている。神話との関係を信じている者は、マッキントッシュの身内にもほとんどいないが、その魔法物質の性能の高さは認めるところ。決して、生身の人間に使うものではない。

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