番外編

??話 聖夜

優しげな光で空に浮かぶ月に喧嘩でも売るように、街を煌々と照らすイルミネーションの数々。

そして周りには、これでもかというほどイチャつくカップルの姿が。

──そう、今宵は年に一度のクリスマスだ。


「……さむ」


首元のネックウォーマーの位置を正し、色めいた空間を一人で歩いていく。

人波は俺とは反対側に進んでいるようだが無理もない。何しろその先にあるのは大きな商業施設。ケーキやチキンの調達はもちろんのこと、映画などで素敵な時間を過ごすことができるのだから。


そして肝心の俺だが、わざわざカップルの流れに逆らって歩きたいがためにこの寒い中家から出てきた訳ではない。


手にぶら下がったレジ袋の中には、予約しておいたチキン。そしてもうひとつの小さいレジ袋には思いつきで買った一つのケーキが入っている。

どちらも遠ざかるあの施設で調達したものだ。


「……手袋着けてけばよかった」


体に吹き付けた冷たい風に、咄嗟に手をジャケットのポケットに突っ込んで帰路を急いだ。



アパートの一室の前に着いた俺は急いで鍵を鍵穴に差し込んだ。

かじかんだ手でドアを開けると、視界には見慣れた玄関とこれまた見慣れた──しかし、いくら見続けても飽きない端正な顔立ちが入った。


「おかえり」


「……ただいま」


このやり取りにはまだ慣れない。照れ隠しに、差し出された手にレジ袋を引っ掛けたあと背を向けて靴を脱ぎ始めた。


「一人で行かせてごめんね。ベッドが思った以上に気持ちよくて……」


「慣れっこだから別に問題ない」


「でも別に起こしてくれてもよかったんだよ?」


「それがはばかられる程に、気持ちよさそうな寝顔だったぞ」


「それは多分誠司が近くにいたからだね」


「だから俺が買い物に行ってる間目が覚めたと。よく出来たストーリーだな」


「それを言うならそっちだって」


「何が──」


立ち上がってリビングへ向かおうとしたところで、両手が神崎……いや、琴音の両手によって包まれた。

ずっと室内にいたからだろうか、彼女のそれはポケットで暖めていた俺のよりも暖かい。


「手袋をわざと忘れてこのシチュエーションを狙ったってことだよ」


「わりと素で忘れたんだけどな……」


「あ、そう? じゃあ離す?」


「ここで疑問形はずるいよな、ほんと。……リビングで再開してください」


「よろしい。にしても素直になったよね〜。高校生の時と比べて」


「頭を撫でて子供扱いするな。成長したんであって幼くなったわけじゃないから」



キッチンに立った琴音はレジ袋の中を覗くと、不思議そうに顔をリビングでくつろぐこちらに向けた。


「あれ、ケーキ買ってきたの?」


「そういえば忘れてたと思ってな。お前用に一つだ。食べるだろ、ショートケーキ」


「確かに食べるけど……忘れてたわけじゃないよ」


そう呟いた琴音は冷蔵庫の中から白いホール状の何かを取り出した。


「……何それ」


「レアチーズケーキ。もちろん甘さ控えめで誠司でも食べれる」


「買ってあったのか?」


「手作り」


「やだ惚れる」


「……惚れてなかったの?」


「惚れ直しました」


その言葉に満足したのかは定かではないが、琴音は小さな丸テーブルまで手作りのケーキを運んできた。相変わらず料理スキルの高いことで。


「二人のクリスマスなんだから、どっちかがっていうのはなしにしたかったの」


「……そうか」


成長した俺は、買い物は俺だけになったけどな、なんていう余計な一言を呑み込むことができた。


「甲斐甲斐しい私にご褒美をください」


「なんて図々しい……何がご所望で?」


答えを促すと琴音は口を動かした。……物理的に。

発声ではなく、口の形で望みを示したのだ。

俺たちのクリスマスはまだ、始まったばかりである。

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クラスで一番の彼女、実はボッチの俺の彼女です 七星蛍 @hotaru3132

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