番外編 策士策に溺れる

「フリをして欲しいんです。……私の恋人の」


姫島さんの言葉に危うく再びスマホを落としそうになるも、何とか平静を装う。

突然来て場を荒らした挙句、何言ってるのこの子?

羞恥心を面に出しながら、篠宮にチラチラと視線を送っている姫島さんを見据える。


だいたい、部室ここに彼女が来ていなければ、篠宮のプラン通り、噂の消失が出来たのに……。

不思議と自然に目に力が入っていくのを感じつつ、二人の会話に耳を傾ける。


「恋人の……フリ? なんでそんなことを?」


「朝仲のいい友達に『二人って付き合ってるの?』と確認されたときに、つい肯定しちゃって……」


このままぺろっと舌が出てきてもおかしくない様子で、理由を口にした姫島さん。

……なるほど。

篠宮の口が動くより先に、小さく首を縦に動かした。


「……は? いや、それこそなんのために?」


動揺の色が滲んだ声が隣から聞こえるも、それに対する応答はなく、ボールは地に落ちていた。

……ビンゴ!

姫島さんの答えがないことで、私の考えていたことは確実性を得たのだ。


そもそもの話、篠宮の立てたプランは姫島さんが二人が付き合っているという噂を否定することを前提としたものだった。

確かに人は自分に覚えのないことは否定する。

その認識で言えば篠宮の考えは間違っていない。

──しかし、そこに一つの感情が入り込めば話は別となる。

……まあ、肝心なところで鈍感な篠宮にそこら辺は期待してないけど。


それは──恋だ。

彼女は恐らく、篠宮に特別な感情──はっきり言うならば恋慕のようなものを持っているはず。

篠宮と話す時の彼女の表情や声質でそれは簡単に予想出来る。

というのも、女子グループ内では誰が誰を好きだとかいう恋バナが頻繁に飛び交っていて、気づけば人が発する好意に敏感になっていたからなのだけど……。


『自分と自分の好きな人が付き合っていると噂されている』。

そんな状況を姫島さんが利用しない訳はないだろう。

将を射んと欲すればまず馬を射よ、というわけではないけど、それに肯定の意を示すことで外堀──周りからの認識を固めることが出来るのだから。

……少なくとも私が姫島さんの立場でもやってる。


そしてこんな理由を、一番の関係者──篠宮に話せるはずがない。

それが今の姫島さんを構成している因子の数々だろう。

だからこそ、私はボールを拾い上げ姫島さんに向けて思い切り投げつけた。

……彼女にとっては取りやすい球種だろうけど。


「──見栄っ張りだから。でしょ?」


「神崎?」


「……何が言いたいんですか?」


「そのお友達がみんな彼氏持ちで、独り身の姫島さんの地位が揺らぎつつあった。それを回復するために、あの写真を利用して篠宮と付き合っていると嘘をついた。 違う?」


もちろん違う。

自分の発言を即座に自分で否定する。

全てこの場ででっち上げたそれらしいこと。

実際にそれが起きている可能性もあるけど、篠宮が言うには姫島さんはクラスの中心。

どちらかと言えば、周りの方が気を使うはず。

そして理由に困った姫島さんは、それらしいものに乗っかるしかない。


「私は人気者のあなたとは違うんです。 ……最初から人気者のあなたとは」


「どういうこと……かは置いといて正解か。あなたはあなたの見栄のために、篠宮に頼み事をしている……ってことで」


妙に姫島さんが芝居がかっていることに不信感を覚えながらも、意味ありげな視線を篠宮に送る。


「先輩、一ヶ月だけでもお願い出来ませんか? 」


一見この行為は手助けに見えるかもしれない。

姫島さんに理由を与えたのだから。

しかしそれは断じて違う。

……どこに彼氏が他の人と恋人ごっこするのを許す彼女がいるのか。

篠宮は馴れ合いを嫌いとしている。

そのため私が提示した理由で頼み事をしているとわかれば、受けることはしないはず。

篠宮のことをよく知ってるのは……私だけだもん。


「一ヶ月以降は無理だ。それだけは守ってくれ」


「……え、ちょっと」


待ち望んでいた篠宮の言葉だったが、内容は望んだものとは違っていた。

嬉しそうな姫島さんと淡々とした様子の篠宮。

二人のやり取りは聞こえては来るものの、それを言葉として頭が認識してくれない。


「えーっと……神崎さん?」


いつの間にか姫島さんは部室からいなくなっていて、篠宮が恐る恐るといった様子で腕の隙間を縫って私の顔を覗いている。


「……馴れ合いは嫌いだったんじゃないの?」


「確かにそうだけど、それ以上に姫島には助けてもらったから」


「そのお礼は……例のデートだけじゃ足りないってこと?」


「デートではないんだけど……まあ、そんな感じ」


自信なさげな表情を見せる篠宮。

そこにはどこか負い目を感じている色も含まれている気がした。

……こんな顔はして欲しくないな。

篠宮が姫島さんの恋人のフリをするなんて嫌に決まっている。

それでも彼なりの考えを、思いを否定したくはなかった。

それなら、私の取る行動も一つだ。


無駄な思考、そして『篠宮がそこまで恩を感じている姫島さんのした事』についての興味全てを追い出すために、姿勢を整えて伸びをした。

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