第46話 爆弾処理

「──ち、ちょっと待ってください! 今のは……その、勢いで口が滑ったというか……」


自然と神崎の携帯に視線が集まり出し、部室を静寂が包み込む中、突然我を取り戻したかの如く、姫島が声を上げた。

ごにょごにょと最後辺りには蚊の鳴くような声になっていたが、内容は理解出来た。


「……つまり、今のは何かの間違いってことなんだな」


「いえ、その……確かにそうなんですけど、間違ってもいないというか……」


「……?」


姫島の回答に頭を捻る。

二律背反のようなものだろうか。

やべえ……後輩の話についていけない。

俺の学力、ほんとにやばいのでは……?


「篠宮は理解しなくていいから」


いつの間にか硬直から抜け出していた神崎は、携帯を拾い何事も無かったかのような態度を見せる。

いつもの冷静さを取り戻したのはわかったのだが、その横顔からは稀に見ない真剣さが滲み出ていて口を出すのがはばかれた。


「口が滑っても、あんな告白紛いなものはそう簡単に出てこない。……篠宮に何を頼むつもり?」


「神崎先輩には関係ないんですけど……」


「さっきのを聞いた時点で、私も関係者。隠すことこそ今更じゃない?」


神崎の落ち着いた説明に返す言葉がないのか、しばらく押し黙る姫島。

やがて諦めたのか、ため息を一つ零した。


「フリをして欲しいんです。……私の恋人の」


姫島は不機嫌そうにそっぽを向き、ボソリと呟いた。

先ほどのことを反省したのか、今度は勢いに任せた雰囲気を感じることは無かった。


「恋人の……フリ? なんでそんなことを?」


「朝仲のいい友達に『二人って付き合ってるの?』と確認されたときに、つい肯定しちゃって……」


「……は? いや、それこそなんのために?」


姫島の話す理由に焦りが隠せない。

今のが本当ならば、俺が神崎に得意げに話した作戦も成り立たない。というかむしろ話題は最悪な方へ路線を変えてしまう。

頭では勝手に今の姫島のクラスの様子が流れ出す。

俺が煽動したクラスメイトに、姫島の友人が偽りの情報を話している──いわば地獄絵図。

これでは俺が俺と姫島の関係を広めたかったとも取られてしまい、余計めんどくさい事態だ。


「──見栄っ張りだから。でしょ?」


「神崎?」


「……何が言いたいんですか?」


「そのお友達がみんな彼氏持ちで、独り身の姫島さんの地位が揺らぎつつあった。それを回復するために、あの写真を利用して篠宮と付き合っていると嘘をついた。 違う?」


クラスと同様に、それが細分化されたグループという場においてもカーストは存在する。

しかもそれは話しているところを眺めるだけで一目瞭然。

話に同調するのみで明らかに気を使っている生徒もいれば、周りの反応を気に留めることなく話を続ける生徒もいるからだ。

神崎が言ったのはそんなグループ内での地位。

確かに話の内容としては通っているが……あの姫島がそんなことで地位をなくしかけるのか?

もしかしたら他の訳が──。


「私は人気者のあなたとは違うんです。 ……最初から人気者のあなたとは」


「どういうこと……かは置いといて正解か。あなたはあなたの見栄のために、篠宮に頼み事をしている……ってことで」


わざとらしくこちらに視線を寄越してくる神崎。

あとの判断は俺に任せるということなのだろう。

と言っても、道を示されてはいるけど。


「先輩、一ヶ月だけでもお願い出来ませんか? 」


姫島がこちらに向き直る。

俺は馴れ合いが好きではない。だからこうして一人でグループには属することなく生きてきた。

それは神崎もわかっている。

神崎が示し、姫島が認めたグループ内での地位の確立という見栄。

それはきっと馴れ合いに縋るようなものだ。

俺には理解できない。

それでも──。


「一ヶ月以降は無理だ。それだけは守ってくれ」


「……え、ちょっと」


「わ、わかりました! それでいきなりなんですけど……放課後にその友達連れてきてもいいですか?」


「大丈夫だ。だからとりあえず、今は教室に戻れ」


「はい。放課後お願いしますね!」


元気よく部室を出ていく姫島の背中から隣に座る神崎に視線を移す。

腕を組んで突っ伏しながらも、目はこちらにしっかりと向けていることに苦笑いする。

……これは明らか拗ねてますね。


「えーっと……神崎さん?」


「……馴れ合いは嫌いだったんじゃないの?」


「確かにそうだけど、それ以上に姫島には助けてもらったから」


「そのお礼は……例のデートだけじゃ足りないってこと?」


「デートではないんだけど……まあ、そんな感じ」


神崎は上体を起こし、組んでいた腕をそのまま上に伸ばす。

そしてそれを解くと同時、ため息をついた。


「変に律儀だよね、篠宮」


「ごめん。あくまでもフリだから──痛っ」


「でも、そんな所も好きだから、責められない」


おでこを押さえながら、距離を縮めてきた神崎の顔から目を逸らす。

だが手が伸びてきたと思うと、無理矢理向き合わされた。

睫毛長いな……。


「だけど本気になるのは許さないから」


「わ、わかってるよ。弁当食べるから離してくれ」


「ん、わかればよろしい。私も早くお弁当食べなきゃ」


神崎がすっと香りを残しつつ、席に落ち着いた。

女子故に姫島の境遇を理解してくれたのか、それとも神崎の優しさか恋人のフリをすることに厳しいお咎めを受けることはなかった。


「まさかあの子に罠を張ったら自分が引っかかるなんてね……」


箸を進め始めた俺の耳に届くのは、時計の針の音のみだった。

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