第45話 爆弾発言

姫島は後ろ手に扉を閉め、俺の隣の隣の席にに座る神崎を見据える。

瞳に含まれた敵意を隠すつもりはないようで、その姿は野生の動物の威嚇を思い出させる。

そんな姫島から視線を外し、横目でその標的である神崎の様子を伺う。

理由までは知らないが、お二人の仲がよろしくないことは知っている。

というか神崎が入部してからの部活動で嫌というほど思い知らされた。

それでも神崎は姫島の先輩。

ギスギスして欲しくないため、どうかそれに相応しい、落ち着いた返答をと祈りを視線にのせる。


「誰かさん達のせいで教室が騒がしいから、仕方なくここに来たの。……そっちこそ教室に残っていた方が良かったんじゃない? 本日の主役さんは」


はい、ある意味期待通り!

……なんでこう、短く返せばいい場面なのに我慢できないかなあ。

やっぱり変なところで子供っぽいんだよな、こいつ。

そして火に油を注げば、さらに激しく燃え上がるのが道理で──。


「なりたくてなってる訳じゃないです! ていうかちょっと前までそっちが主役してたじゃないですか」


「過去の話を蒸し返す暇があるなら、今蔓延ってる話題をなんとかした方がいいと」


「──待て、待ってください。このままだと昼休みが終わりかねないです。お二人とも……」


二人の険悪なムードに若干怖気づきながらも、時計を見るように話に割って入って誘導する。

心なしか、日を重ねる度に関係が悪化してる気がするんだけど……。

追試日に姫島からちょろっとだけ聞いた神崎との関係について。

そこでは『私達は相容れない』と聞かされ、大袈裟だと思っていたがこんな情景ばかり見ていると、事実なのではと思い直すしかないのだが……。

今はそれよりも優先すべきことがある。


「えっと……姫島はなんでここに?」


「人がたくさん私の元を訪ねてくるので、逃げてきました。あと先輩に用が」


「俺に? というかよくわかったな、ここにいるって」


「大変だったんですよ! 色んな場所探し回って。おかげでもう走る体力残ってないんですから」


姫島とは昼休みの移動中に何度か会っており、その度に目ざとく弁当を見つけられ昼食場所を聞かれている。

木曜日に神崎と一緒に弁当を食べることが決まっている以上、今の今までそれは隠し通して来たのだがついに見つかってしまったらしい。

……待てよ? これから神崎と迂闊にここで昼食べれなくないか?

代わりの場所なんて、心当たりが──。


「先輩、どうかしました?」


「あ、ああ悪い……。そこまでして俺になんの用だ?」


「そ、それは……先輩に頼みたいことがあって」


急に姫島の様子が変化した。

赤く頬を染めながら、俯き、言葉尻に力がなくなっていく。

それはまるでこれから話すことを躊躇している、そんな風に見える。

一方神崎はというと退屈そうに肘をつき携帯を見ながらも、こちらにチラチラと不満げな視線を送って来るだけ。

……少しは姫島の言うことに興味持ってやれよ。

それにしても姫島が今ここにいるのは非常に好ましくない。

話題の払拭のためには、興味本位の来訪者に対して姫島に否定してもらう必要があるのだから。

重要そうな頼み事以外は、申し訳ないが断ろう。


「私と……その、恋人になってくれませんか!」


「……え?」


「……!」


姫島の勢いよく発した言葉に理解が追いつかず、反射的に聞き返す。

そんな中、かたりと何かが机を叩く音が沈黙を連れてきた。

そちらを見れば、先程まで無関心を貫いていた神崎が顔を上げ固まっていた。

携帯を落としたことにも気づいていない様子で。

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