第44話 対応と反応

画面に無機質に写る写真。

突然の質問と合わせて提示された、いわゆる証拠に思わず目を見開く。

次いで何度も瞬きを繰り返すが、残念ながら画面上に変化などなくこれが現実であることを否応なしに認識させられた。


「えーっと……何これ?」


「この学校の生徒がよく使ってるネット掲示板に載ってた。……あんたの恋愛沙汰なんてどうでもいいからさっさと答えてくれない? 勉強に集中したいんだけど」


周りのクラスメイトには聞かれたくないのか、後半の答えを促す部分は小さめの声だった。

差し詰め、過剰な賑わいの原因であるこの話題をなくすために、クラスを代表して俺に突撃したってところだろうか。

にしても勉強に集中とか……見た目によらず真面目らしい。

てっきり俺と同じかそれ以下と思ってたんだが……ってそんなことよりも。


「またネット関係か……」


「何か言った?」


「……いや何も」


神崎がクラスで孤立したのも、元を辿ればSNSへの偽の書き込みが原因だ。

どうやら文明の利器は再び俺に牙を向けてきたらしく、今回ばかりはその事実に頭を抱えるしかない。

神崎の件では偽の書き込みをした犯人──佐々木先輩を特定しあるアプローチをした結果、問題の解決に繋がった。


しかし今回は違う。

たとえ前例のように犯人──写真を撮って投稿したやつを見つけたところで、問題の解決には繋がらない。

写真に写っている事柄が事実であることは変わらないからだ。


クラスメイト……というよりは、この写真を見た奴ら──彼らが知りたいのはそこに写る俺たちの関係性……もっと言えば、姫島に男がいるのかどうかだろう。

故にこの状況での最善の答えは──。


「俺じゃなくて姫島に聞いてくれ」


「……え」


「琴音? どうかした?」


「う、ううん! なんでもない……」


「それにしても、否定しないんだ。ふーんまあ、そういうことだってー」


舞浜はクラス全体に言い聞かせるように大きな声で反応を示した。

元から興味がないということは本当らしく、随分と淡白な態度だ。

……今ではそちらの方がありがたい。

そのまま何食わぬ顔で席に着く。


舞浜の鶴の一声に加え、示し合わせたように朝のチャイムが鳴ったにも関わらず、ひそひそ話はまだ続いている。

まるで指揮者を無くしたオーケストラのようだ。

当然教室の雰囲気に変化はなく、疑念がこもった視線が背中に向けられているのを感じる。

……まあ、これだけ聞けば認めたみたいなものだからな。


それにしても一番前の席でよかったとつくづく思う。

席替え前の後ろの席だったら、前からの視線が気になって今みたいに寝たフリ出来てないよ。

まさに不幸中の幸い。次からは前の席でも残念がりません。


「……う、嘘だよね、今の。姫島さんと付き合ってないよね?」


一方で神崎に寝たフリなどが通じるはずもなく、焦りを孕んだ声が椅子の引かれる音に隠れるように聞こえてきた。

このまま放っておけば、周りが見えなくなってしまいいずれボロが出ると簡単に予想がつく。


「……昼休み、部室に来てくれ。説明するから」


「よ、よかった……。ちょっと遅れるけど、待っててね」


客観的に見ればやり取りがあったことなどわからないぐらいの少なく小さい言葉。

神崎の聡い頭は、それだけで真意を理解したようだ。

……もう少し慌てた──弱気な姿も見たかったけど、仕方ない。

そんな切実さが含んだ心境で覗く神崎の横顔は、いつも通り愛くるしいものだった。



昼休みを告げるチャイムから約十分が経った。

暇を持て余し、時計の秒針を睨み続けていると扉が開いた。


「ごめんね、ちょっと凛たちへの説明言い訳が長引いちゃって」


「いや、全然問題ない。 ……クラスはどうだった?」


「まだ盛り上がってる。中には姫島さんに直接聞きに行こうとか言ってる人も居たよ」


「まじか……やっぱあいつ人気なんだな」


自分との件からそれを再び思い知らされたのはかなり複雑だが、俺の思惑通りに事が進んでいそうだ。

とりあえず安心──。


「──それで、説明してくれるんでしょ? 誤解を深めるような発言をした理由を」


いつも通り、俺の隣の席に迷いなく腰を下ろした神崎は机に視線を固定する俺の顔を覗き込んできた。

近さ故に漂う甘い香りの刺激が強く、慌てて顔を逸らそうとするも、こちらを見つめる瞳がそれを許してはくれなかった。


「……普通、こういう時は向かい側じゃない?」


「ここが私の特等席だから」


「せ、せめて姿勢は普通で。集中出来ない……」


「話せなくなるなら……やむなしか」


渋々と姿勢を戻し、体を背もたれに預けた神崎。

その瞬間に再びふわりと香りが立つが、直に消えるだろう。ずっと続くよりは耐えられる。

なんとか納得して頂けたようでよかった……。

安堵のため息をつきたい気持ちを抑え、神崎に向き直る。

……待って。これもなんか改まった感じがしてやりづらい。


「と、とりあえず……順を追って説明する。まず神崎は俺と姫島が二人で出かけることは知ってたよな?」


「軽くね……不本意だったけど」


おまけの一言の威力強くない?

序盤なのにストレートだったよ。

メイウェザーか、おまえ……。


「……悪い、あれはその、訳があったんだ」


「ふーん……。とりあえず続けて」


「……だから神崎が他のクラスメイトと同じような深い誤解をすることはないと思った。してもさっきみたいな、真偽で言うところの、真よりに傾いた確認みたいなものだと思ったから。それがまず、あの発言をしようと思えた動機みたいなものだ」


「要するに、私との関係を優先に考えてくれたってわけだ」


「せっかく濁して言ったのに、要約するなよ……」


得意げな顔──まるで名探偵気取りで臆することなく解説を付け加えた神崎だったが、こっちは悲惨だ。

一番隠しておきたかった本質をバッチリ見抜かれ、しかもそれを本人の口から聞かされてしまった。

端的に言うと穴があったら入りたい。なんなら埋まりたい。


「それで?」


「……なんか楽しそうだな」


「別にー」


そう言う神崎の頬は未だ緩んでいて、先程の真剣さに満ちた雰囲気は感じ取れない。


「今思ったんだけど、狙いなんて神崎が少し考えればすぐにわかる──」


「私、省エネだから。極力頭は使いたくないの」


「さっきバッチリ無駄遣いしてたじゃねえか……」


「じゃあ……エネルギー切れ?」


「もうそれでいいよ……」


方針に関して、神崎は一歩も譲る気はないようでため息をつく代わりに咳払いを一つ。

こちらを向いて続きを待つその顔には相変わらず締まりがない。

まあ、だからといって神崎には関係ないんですけどね。

美人って凄い……。


「この件について、重要なのはただ一つ。話題の中心が俺達写真に写った二人ではなく、姫島だということだ」


「確かに……特別みんな『篠宮が』みたいになってなかったかも。でも、名前覚えられてないだけだったりして」


「いや、それはさすがにない…………ないよな?」


「みんな篠宮とは違うから大丈夫だよ」


「フォローに毒混じってる。異物混入してる」


同じクラスになってまだ二ヶ月経ってないのに、クラスメイトの名前覚えてる方が変だと思うんだけど。

もしかしてクラスメイトみんなデスノート持ってんの?

一触即発じゃん。


「でもそれとあれになんの関係があるの?」


「……俺が何を言っても焼石に水だからだよ。だったら奴らが興味を惹かれて仕方がない姫島の口から言ってもらった方がいいだろ。それは嘘だって。そんな関係じゃないって」


「はい、質問。姫島さんが話したところでそれを信じる人が百パーの割合にはならないと思います」


「それでいいんだ。とりあえず姫島から直接否定すれば、興味本位だったやつは確実に退く。そして残ったそういう探りを入れてくる奴らもすぐに熱を冷ます。実際、俺と姫島はなんでもない、ただの先輩後輩なんだからな」


部活が同じということで食いついて来る可能性もあるが、そこまで行けば立派な文春記者だ。

この学校にそこまで他人に夢中になれる人はいないだろう。

いたら困る。


一通りの説明が終わり、お茶で喉を湿らせる。

ここまでで十分。

弁当を食べる時間はまだまだある。


「……んー?」


一足先に弁当の包みを開けようとした時、隣からうめき声が聞こえた。

その正体はもちろん神崎によるもので、何やら思い詰めた表情で天井を見上げている。


「どうした? 難しい顔して」


「この頭は勉強に使えないのかなって」


「……ほっとけ」


「ふふ、ちょっといじわるしてみました」


神崎はにやりと口角を上げながら、わざとらしく視線だけをこちらに向けた。

その姿は少し年上のような余裕を感じさせる。

……同い年のくせに。


「そんな暇があるなら、早く弁当──お、おい!」


「あっ、意外に気持ちいいね。膝枕」


四月の頃より少しだけ伸びたであろう栗色の髪が、俺の膝上に広がる。

うつ伏せになっているため、息が制服越しに伝わってきてくすぐったい。


「弁当食べたいんだけど……」


「私も今充電中ー」


「俺の膝は充電スポットじゃない」


聞こえていないのか、はたまた聞く気がないのか姿勢が変わることはない。

結局神崎が言うところの充電が終わるまで、待っていなければならなそうだ。


「──ねえ、篠宮」


諦めて、包みを開けた状態で待機している弁当を眺めため息をついた時、膝元から呼びかける声が聞こえた。

その声音は真剣で視線を落とすと、半仰向け状態でこちらを見上げる神崎の顔が目に入る。


「……なんだ?」


「いっそ今回みたいに、私たちのこと……」


神崎の言葉が並びきる前に、昼休みに俺達しか使わないはずの扉が開いた。

その一瞬にも関わらず、俺と距離をとる神崎。

冷静さを貫いているが、内心では移動の際にぶつけた足を気にしているに違いない。

……ゴンとか言ってたもん。


「──こ、ここに居たんですね……先輩。……って神崎先輩もなんでここに?」


そんな中ドアノブを支えにして入室してきたのは、ある種今日の主役と言ってもいい存在だった。


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