第26話 解決への兆し
放課後を知らせるチャイムがなってからもう十分は経った。
あんなことがあった次の日だったが、予想とは裏腹に周りの俺に対する反応は冷めて──いや、いつも通りになっていた。
ちなみに、件の神崎には念の為ということで学校を休ませた。
雑炊を食べさせるということで手を打ってくれてほんとによかった。
昨日を簡単に振り返り安堵する中、俺はある場所に向かっている。
クラスの誤解を解くと方針が決まったのはいいが、そもそもあの問題について俺はよく知らないため調べる必要がある。
何をどうしたら解決出来るのかがわからない状態で行動しても仕方がないのだ。
だから、学校生活の問題という問題と常にイコールで繋がっている人物の元を訪ねることにした。
幸い、数少ない面識のある人。
話ぐらいは聞いてくれるだろう。
「……し、失礼しまーす」
おそるおそるドアを開ける。
他の教室となんら変わりないはずなのに、重厚感を感じてしまうのは俺が生徒が故だろうか。
──それとも、ただの不安の表れだろうか。
「あら、篠宮くん。何か用?」
凛とした声とともに黒髪がなびく。
椅子から立ち上がっただけなのに、妙に迫力がある。
「……突然ですけど、相談に乗ってくれませんか」
声を喉奥から絞り出す。
そして強い意志をもって、凛々しくも綺麗な顔を見据える。
「……わかった。そこに座りなさい」
一瞬俺の言葉に、態度にびっくりしたように目を見開いて驚いていたが、やがてそれは微笑みに変わり、細い指が接待スペースのような場所を指した。
「紅茶でいいかしら?」
「え、あ……はい。お願いします」
長髪を翻して、ティーポットに向かう会長。
その背中はこの状況もあってか頼もしく見えた。
*
目の前にはティーカップから湯気が上がっていて、優雅さを感じさせる香りが心を落ち着かせる。
そんな中で俺はゆっくりと流れる時間に合わせるように、口を開く。
「突然ですけど、協力をして欲しいんです」
「協力?……何をよ」
紅茶を口に運びながら、会長は首を傾げた。
前置きなどをしている余裕はないし、そもそも前置きなんて思いつかない。
「会長は二年C組の神崎琴音の噂を知ってますか?」
「ええ、一応。嫌でも耳に入ってくるから」
会長の頷きに思わず奥歯を噛む。
話を進める上では知っていてくれたのは都合がいいのだが、三年生でもその情報が広まっているというのは杞憂であって欲しかった。
やるせないもどかしさを胸の内にしまう。
「実はそれ──」
「事実、じゃないのね?」
「……ど、どうして」
焦り驚く俺をまるで面白がるように、会長はクスリと笑った。
「そんな思い詰めた表情を間に挟まれたら、誰だってわかるわよ。それに、私は噂は信じない主義なの」
そんなに顔に出てたなんて……。
ぺたぺたと自分の顔を試しに触ってみるが、やっぱり自分ではどんな顔をしているのかわからない。
ていうか校内で一番噂に近い人が言うと、説得力あるな。
「その誤解を解くのに協力すればいいのね?」
さすがに鋭い。
一を聞いて十を知るというのも、あながち間違えではないことを会長は示している。
「いいんですか?」
「……まあ、生徒会長として嘘の噂が流れているのは看過できないしね」
照れ隠しにも見える微笑みを浮かべつつ、再び紅茶を口に運んだ会長。
相変わらずの紅茶が似合う優美な所作は、逆に紅茶を引き立てているように見えてしまうほど極まっていて、目で追ってしまう。
「そういえば。──せっかくいれたんだから君も飲みなさい」
あの時を思い出させるような言葉。
意趣返しということでわざとそれを選んだのか、口元には狙い通りと語るように笑みが作られている。
そして不意にこちらを向いた目。
当然、ある景色を眺めているように会長の仕草に釘付けになっていた俺の目と合ってしまう。
「いただきます……」
俺が前回いれたものよりも格段に美味しい。
それは香りだけでも伝わってくるのだが、詳しい味はよくわからない。
それでも舌を火傷しないようにゆっくりとだが、飲み続ける。
照れ隠しに、しばらくカップを口に付けたまま会長の様子を伺っていた。
*
カチャリと陶器がぶつかる音が耳を鳴らす。
既に紅茶は飲み終わっており、揺れる赤い水面が香りとともにフラッシュバックする。
「確か……噂の出処はSNSよね?」
「はい。一応見ますか?」
ポケットからスマホを取り出すが、会長の首を振る動作を見てすぐに戻した。
「それを見返したって、根本的には何も変わらないわ。神崎さんに身に覚えがないなら尚更ね」
冷静に分析をしたと思うと、会長は顎に手を当ていわゆる考える仕草をとる。
それに引き換え俺はというと、ただ会長の言葉を考える像のように座って待っているだけ。
元々これを聞きに来たのは確かだが、少し申し訳なさがある。
ていうかあの像、絶対何も考えてないでしょ。
もはや動ける俺の方が有能まである。
「はあ……普通に誤解を解くのは無理そう」
会長は手を顎から頭に移し、軽く抱える。
今の短い時間で様々な方法を頭の中で試行錯誤したのだろう。
疲弊を表すようなため息が少し重い。
「そう……ですか」
昨日のクラスの様子、反応。
それらから薄々気づいてはいた。
一度植え付けられた情報は簡単に駆除することは出来ない。
それはどんな人気者──トップカーストであろうとも変わらないだろう。
それでも──。
俺の知り合いの中──いや、学校の中で最も頼りになる
自分から手伝わせてくれと頭を下げた意地ではなく、もう神崎に傷ついて欲しくないから。
「……犯人を探すことって出来ませんか?」
「ええ、それだけならなんとかなると思うけど……」
不審がる目が俺を見つめる。
まるでその先の行動を案じているかのように。
「話を聞きたいだけです。……まあ、その上で協力させようとは思ってますけど」
「……そうね。話し合いも一つの手段だし、方針はそれでいきましょう」
会長の言葉を引き金に、さっきの分も含めて思考を巡らせる。
方針が決まったことで、やるべき事は自然に狭まり、わかりやすくなるだろう。
「探偵みたいだけど、まずは手がかりね……。問題の投稿って、いきなり始まったの?」
「神崎が言うには。多分、乗っ取りだと思います」
「ということは最近の出来事と何か関係がある可能性は高い、か」
ふむふむと、いつの間にか用意されていたメモ帳にペンを走らせる会長。
その目はバイト申請の時に垣間見た、仕事に向かう時の真剣さを孕んでいる。
そしてそんな目がこちらに向けば、反射的にドキリと心臓が揺れてしまうのは無理もない。
「ねえ、篠宮くん。神崎さんと連絡取れるかしら?」
「取れますけど……今ですか?」
「そうよ。もしかしたら、一発で犯人の特定が出来るかもしれないわ」
会長は驚くことを淡々と、不敵な笑みを口元に浮かべながら口にした。
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