第49話 新婚さんいらっしゃい

カラカラと乾いた音が徐々に小さくなり、やがて止まる。

俺と姫島が注目する中、神崎はゆっくりと自分のコマを指定された分、先に進めた。


「……えーっと、『取引先に気に入られ、仕事と給与が増える』……か。またお金増えちゃった」


「……少しは喜べ。それとも、最下位の俺に対する当て付けなの?」


「まあまあ、まだ勝負は決まってないですよ先輩」


「そうそう。まだ諦めるのは早いよ篠宮」


「その顔、絶対勝ち確信してるやつだろ」


自分の番が終わり、増えた札束を手に持ちながら得意顔をした神崎を軽く睨む。


現在ゲームは後半戦に入っている。

順位は会話からわかるように、神崎、姫島、俺の順番となっているが、ほとんど神崎の独壇場だ。

このゲームは人生を模した、いわゆるすごろくで学生パートと社会人パートがある。

神崎は学生パートでは、一流大学を卒業しそのままの流れで一流企業に就職。

もはや言うことなしの、順風満帆な人生を送っている。


「『仕事で失敗をして、上司に怒られる』……って別にお金減らなくても」


「ゲームなんだから、そこに突っ込んであげるなよ」


「だいたい仕事でミスするのが悪いんじゃないの?」


「……ゲームですから」


不満げに指定された額の金を元に戻した姫島。

それでもその手には未だ数枚の紙が握られており、幾ばくかの余裕はありそうだ。

姫島は大学を卒業した後、中堅企業に就職。

神崎程ではないにしろ、世間的に見れば成功している部類だろう。


「……『交通事故に遭い、数日間入院することに。一回休み』。……このゲーム、俺に対する当たり強くない?」


「い、生きてるだけまだ大丈夫ですよ!」


「どんなフォローだ。そもそもこれ、死ぬとかないだろ」


大きくため息をつき、椅子に体を預ける。

俺は大学を卒業した後、就職することが出来ず結果フリーターとなった。

とはいえ、ご丁寧にも就職チャンスマスなるものが並んでいる専用コースにとばされるため、逆転が不可能なわけではないのだ。

……そこに止まれれば。


四マスにつき一マスの頻度で並んでいる就職チャンスマス。

運がいいのか、悪いのか。俺はそこに止まることが出来ていない。

このままでもゴールすることは出来るが、所持金が圧倒的に少ないため勝利することは難しいだろう。

……学生のうちに学歴社会の洗礼を受けれるとは、なんて素敵なゲームなんだろう。

とりあえずこれ、未来予知の類じゃないよね?


「このままフリーターでゴールするのか……」


「──私が養ってあげようか?」


声のする方を見やると、神崎が口元を紙幣を模した紙で覆っていた。

一瞬見せびらかすためだけの行動かと思ったが、子供がイタズラを思いついた時のような目をしていたのを見て唾を飲んだ。


「……残念ながらお金の譲渡はルール違反だぞ」


「そんなのわかってるよ。ゲームがつまんなくなるだけだし」


「……? じゃあどういうことだよ?」


神崎はこちらの反応を楽しんでいるのか、笑みを浮かべながらルーレットに手をかけ回した。

不思議とそちらに意識が吸い寄せられる。


「まあ、見ててよ。今日の私は運がいいから──ってなんで一マス先なの!?」


しかしルーレットが止まった瞬間、神崎の余裕綽々の表情は崩れ、叫びが部屋に響き渡る。


「おかしい! 今までの流れなら行けたでしょ!」


「落ち着けって。ほら、また仕事とお金増えたぞ」


「もうどっちも要らない!」


「……俺は欲しいんだよな……」


珍しく感情を露わにする神崎を形式上ではあるが宥めつつ、目指していたと思われる神崎のコマの一マス前のマスに目線をやった。


「……結婚マス? 危な。ご祝儀払わされるとこだった」


「違うよ。さっき説明書読んだんだけど、このゲーム、プレイヤー同士で結婚が出来るらしいの」


「……!」


「……へ、へー。だから……養う、か」


『結婚』という単語に過剰に反応してしまったことがバレないよう、神崎から必死に顔を背ける。

しかしそれを意識すればするほど、体温は上昇していき、頬が熱を帯びていく。


「あれ、なんか篠宮……顔赤くない?」


「……うるさい。だいたいその一マスしかない時点でおまけ要素だし、止まれないだろ」


顔を寄せてきた神崎から距離を置く。

夫婦という関係になることで、お金を共有財産に出来る結婚マス。

下位の者が逆転を目指す際には魅力的となるものだが、マップのどこを見渡しても先程神崎が目指していたところ以外は見つからない。

恐らく、商品化の直前にバラエティ要素を加えようと慌てて担当者が組み込んだとかだろう。

その一マスに止まることは余程の強運の持ち主でなければ不可能のはずだ。


「──や、やった! 止まれた!」


「姫島も何か狙ってる場所……ってお前だったか……」


「……」


いつの間にか自分の番を進めていた姫島の喜ぶ姿に驚きつつ、マップを見ると何も乗っていなかった例のマスに姫島のコマが乗っているのが確認できた。

姫島は俺と神崎の視線を感じた後に、意識を取り戻したように髪を揺らした。


「……はっ! あ、あの別に先輩と結婚出来ることが嬉しいわけじゃないです! ゲームを楽しくさせるような、面白いマスに止まったのが嬉しかっただけですから!」


「せ、説明しなくてもわかってる。……ん? これが例の説明書か……」


不意に姫島の顔から目をそらした先には、神崎が先程口にしていた説明書があった。

机に無造作に置かれたそれを拾い上げ、パラパラとめくっていく。

冊子ではあるものの、いかにも玩具の説明書といった感じで量はそれほど多くない。

こういうの、読むと結構面白いんだよな。


「……姫島さんが結婚するのは勝手だけど、その所持金の量で自分に加えてフリーターまで養えるの? どうやら強制ではないらしいし、やめておけば?」


「お金が全てじゃないですから。まあ、ここから独り身が決定した神崎先輩にはわからないでしょうけど。羨ましいですよ。仕事が出来てお金もある人は」


「……喧嘩売ってるのかな?」


「少なくとも、恨みは買ってます。今日は報告会がメインだったのに、神崎先輩が来たせいであなたが主役になったんですから!」


「私は別になりたくてなったわけじゃないんだけど。 だいたい部活動は参加するものでしょ?」


「わざわざ神崎先輩の前で、先輩に友達を連れて来ていいか頼んだ理由ぐらい、感じ取ってください!」


何かと後ろが騒がしい気もするが、頭に入ってくるのは説明書に書かれているゲームのルールや概要のみ。

そしてピタリと、ある文言を見つけたことで次のページを繰る指を止めた。

開いた状態のページに目を走らせ終わると同時、肩に衝撃が加わる。

振り返ると、そこにはやや俯き気味の姫島が立っていた。


「ゲ、ゲームをつまらなくしないために、私が先輩を養って……あげます」


「姫島……ちょっともう一度ルーレットを回してくれないか?」


「え……いいですけど」


俺の指示に従って姫島がルーレットを再び回す。

あまり力を入れなかったためか、比較的すぐに回転の勢いは弱まっていった。


「『五』ですけど、これがどうしたんですか?」


「じゃあ、お前神崎と結婚」


「「…………は!?」」


声が重なった二人は、忌々しそうに互いを見つめるもすぐさまこちらに向き直った。


「ど、どういうことですか!?」


「いや、マスをよく見てくれ」


「何か書いてある……『ルーレットを回し、奇数が出れば自分より前のコマの持ち主と、偶数が出れば自分より後ろのコマの持ち主と結婚する』……初耳なんだけど!」


「でもこれでわかっただろ。さっき姫島が出した数字は奇数の五。そして姫島の前にいるのは神崎だけで、俺は後ろ。お前達が結婚するのは、何も間違ってない」


開いていた説明書を閉じて、解説は終わりと示す。

それでも二人の不満はなくならないようだ。

なんなら時間が経つに連れ酷くなっていきそうなんだけど。


「間違いだらけですよ! いいです、私結婚やめます! 神崎先輩となんて、耐えられません!」


「こっちも願い下げよ! 結婚なんて、結婚マスなんてなかったの!」


「拒否権を行使出来るの、ルーレット回す前だけだぞ」


「「……は!?」」


再び声を重ね、二人は信じられないと言わんばかりに不満を露わにした。

感情の共有が出来るとか、逆に仲がいいな、君たち……。


「そもそも女性同士の結婚なんて、おかしいよ!」


「多趣味な世の中なんだから、一概にそうとも言えないだろ。というかそういう偏見が──」


「「私はそういう趣味じゃない(です)!」」


「息ぴったりじゃねえか……」


結局、新婚さんの諍いは事ある毎に起きてしまうため収まることを知らず、ゲームが終わるまで続いた。

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