第11話 誰がための独白side神崎琴音
家に着いた私は早速二階に上がり、自分の部屋に入った。
重かったカバンを雑に床に置き、堅苦しい上着を脱ぎ始める。
本当は脱ぎ捨てたかったが、シワになると色々めんどくさいので我慢する。
脱いだそれをハンガーにかけ、クローゼットに仕舞うと、まるで枷が外れたようにベッドに飛び込んだ。
「はあ……駄目だな私」
それは先程の自分を戒める呟き。
「やっぱり篠宮と一緒に居ると、甘えちゃう……っていうか……弱さを見せちゃう」
ゴロゴロと枕を抱きながら、寝返りを繰り返す。
私は昔からグループの中心だった。
小学校も中学校も今と変わらず、何も言わなくても、何もせずとも私の周りには人が集まって来た。
それ故に最初から興味はあった。
そんな自分とは正反対で、教室の後方の席に一人で佇む彼──篠宮誠司のことについて。
でもわざわざ話しかけたりはしなかった。
それは私にとっても彼にとっても、マイナスにしか働かないとわかっていたから。
そもそも篠宮が私をどこか避けているようだったし……。
──だからこそ、篠宮と初めて話したあの時は今もまだ頭に焼き付いている。
*
文化祭まで一週間を切った放課後。
サッカー部マネージャーとして、体育館の設営を手伝っていた私は制服を取りに、私のクラス──1年E組がある三階に戻って来た。
……だいたい、なんでジャージで作業をやらなきゃいけないの!おかげで二度手間!
……まあ、私が忘れたのがいけないんだけどね。
「あれって……装飾係?」
階段を急いで駆け上がったために少し荒くなった息を整えながら、顔を上げると男女四人組の背中が見えた。
彼らは私が上ってきた階段とは反対側の階段に向かって、足音を徐々に消していく。
全員の肩にカバンがかかっていたことから、下校するつもりなのだろうけど……。
おかしい。
私が記憶している装飾係は五人。
彼らは言わずもがな、もう一人──篠宮誠司がいるはず。
「篠宮は先帰ったのかな……っ!」
微かな疑問を抱きながらも、教室のドアに手をかけようとした瞬間。
彼らが下りて行ったと思われる階段を見ていた目が、教室に残っていた人影を捉えた。
それに驚き、思わず悲鳴をあげそうになるがすんでで堪える。
大丈夫、落ち着いて琴音!
幽霊は夜、夜だけなんだから!
そう自分に言い聞かせて、平静を保つ。
そしてもう一度すうーっと深呼吸をして、ドアについている窓から顔を覗かせる。
時刻は四時。
冬に近づいて来たにも関わらず、未だに夕日が雲の間から時々顔を出している。
そのおかげでしっかりと例の人影の顔を見ることが出来た。
「あれは……篠宮?」
教室に居る彼の耳に届かないように、声を潜めて呟いた。
なんで彼が…………ってそれしかないか……。
フル回転する頭が生まれた疑問を即座に打ち消した。
それは一回目の席替えをした後で、彼が日直になった時。
私たちのクラスでは、隣の席の子と二人一組で日直の仕事を行うことになっている。
しかし隣の席が埋まっていない篠宮は、一人で仕事をすることになった。
流石に誰かに手伝いを頼むと思っていた。
いくら周りと関わりがないからといって、一人で並立できる量の仕事ではなかったから。
──それでも彼は一人で仕事をした。
その姿はよく言えば、誰にも迷惑をかけまいとする優しさで溢れていて。
悪く言えば──人に頼ることを知らない幼子のように見えた。
……まあ、要するに、彼は全部を一人で背負ってしまうのだ。
恐らく今回もそんな感じ。
進行が遅れているとわかっていながらも、彼らを引き留めなかった。引き留められなかったのだ。
……仕方ないから手伝ってあげよっと。
全く、私じゃなかったら気づかないんだから。
呆れるように薄いため息をつくと、再びドアに手を伸ばす。
しかし手は考えたこととは裏腹に宙で動きを止める。
……いや、別に裏腹ではない。
少しでも危惧していることを理性が拾い上げたのだ。
──ここで彼を手伝っているのが見られれば、グループに居られなくなる。
──彼だっていつも通りの学校生活が送れなくなる。
そんな恐ろしいことが頭を過ぎれば、脳は手だってなんだって動きを止めるだろう。
理性というのは厄介で、状況によっては味方にも敵にもなる。今日この状況では敵のようだ。
教室に背を向ける。
制服は予備のがあるし、下校時はジャージでも構わない。
幸いカバンは持ってるし、勉強だって出来る。
この行動を大義名分化したくて、言い訳を並べる。
だけどそれにつれて、何故か自分が嫌いになっていくのがわかる。
……わかってる。でも……でも、これがベストなの!
「……やりますか」
一人で頭を抱え、葛藤を続ける中、彼の重々しい呟きが耳に入る。
一人で背負うこと。
私だってわかったのだから、彼自身がわかっていないわけがない。
知らないふりをするのだろうか。
……強いな。私とは違う。
最初見た時もそうだった。
クラスのみんながグループを求めて席を立つ中、周りに流されることなく、本を読み続けていた。
何気ない行動。
それでも強い芯がないと──私では出来ない。
……そっか、だから私は──。
やっぱり放っておけない!
「──あ、篠宮くんだ」
「げ……神崎……さん?」
どうか神様。ここに人を来させるななんて言わない。
ただ、勇気をください。この一瞬だけでも。
そう願いながら、引き戸を開けた。
*
「ありがとう、神崎さん。おかげで一日分は取り戻せた」
「も、もうくたくた……」
目頭を押さえて、床に寝転ぶ。
時刻はもう七時半。
先程教師の放送が入ったのが記憶に新しい。
あの葛藤を嘲笑うかのように、結局誰もここには来なかった。
……神様、ありがとうございます。
天からの寛大な施しに感謝しつつ、体を起こす。
だけど目の前に篠宮は居なくて、いつの間にか帰りの支度をしている。
淡白だな……。
時間も時間なので、その動きにならって制服を机からひったくりカバンに突っ込む。
もしかしたら着替えを見られるかもしれない以上、こうするのが一番だろう。
……そんなことはないだろうけど、一応ね!
警戒するように軽く篠宮の背中を睨む。
それに気づいたのか、篠宮がこちらをゆっくりと振り返る。
「遅いし、送ってこうか?」
「……え?」
「いや、最近物騒だし」
彼の予想外の言葉に、静かな微笑みに、どんどん鼓動が速くなる。
……ちょっと待って。なんでここでドキドキするの。
……これじゃまるで、この誘いが嬉しいって……彼──篠宮のことが好きってこと、に………………私篠宮のこと好きなの!?
確かに授業中に横目で机に突っ伏す姿を毎回見ていたけど!
昼休みに友達と話しながらも意識は黙々と箸を進める篠宮にあったけども!
思考がまとまらない。
落ち着いて琴音!
学年一位でしょ!
その頭はなんのためにあるの!?
……少なくとも、このためじゃない!
自問自答すら成立しないこんな状況。
取るべき選択はただ一つ。
「き、気持ちだけ貰っておくね!」
「え、ちょっ!」
戦略的撤退。
耳からの情報を全て遮断し、急いで教室を出る。
まさか自分が向けていた感情が恋慕だったと気付かされたこの時は、きっと黒歴史のように残るのだろう。
……いや、黒かどうかは私が、未来の私が決めることだ。
とりあえず今は──早く家に帰らなければ。
この感情がバレる前に。
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