第10話 誰がための独白side篠宮誠司

浅い繋がりで構築されるグループ。

馴れ合いが好きではない俺にとっては、嫌悪感すら感じるものだ。

しかしそれ自体は中学でも在ったし、別に高校になって突然無くなるとも思っていなかった。

……思った以上に話し声が大きくて、やかましいと感じたのが記憶に新しいけど。


それ故に最初は特に興味がなかった。

たとえ周りより容姿が優れていても、勉強が出来ても、評価は変わらない。

あくまでそんなグループのメンバーのうちの一人。

俺は神崎琴音を『神崎琴音』として認識していなかった。


そもそもの話、俺と神崎はボッチとトップカースト。

いわば真逆──対極の存在。

同じ趣味などを要因として完成した関係ですら、いずれ綻びが生まれ、やがて崩壊してしまうのだ。

違う世界を持つ者同士俺と神崎の関係など出来ることなどない。

──そう思っていた。


磁石は異なる極を近づけると引き寄せ合い、やがてくっつく。

ただそれは磁力が働く範囲内の話。

極端な話、沖縄から北海道に向けた磁石のS極と、その逆──北海道から沖縄に向けた磁石のN極が互いに引き合いくっつくことはない。


──だから、俺が無意識に開けていた神崎との距離が一瞬でも縮まったあの時。

それこそが俺と神崎との関係の変化の、最大のターニングポイントだったと今では思う。



文化祭まで一週間を切った放課後。

装飾係に配属された俺は、他のメンバーと共に教室に残っていた。

俗に言う準備期間というものだ。


高校一年目の文化祭ということで気合いが入っている──という訳ではなくて、強制参加なのだから致し方ない。

成績を盾にされたら、どうしようもないでしょ……。

職権乱用はダメ、絶対。


「今日はこんな感じでいいよねー」


「特に遅れてるわけじゃないから、いいんじゃね?」


「じゃあさ、カラオケでも行こっか!」


だんだんと盛り上がるにぎやかな声にちらと視線をやると、俺以外のメンバー──女子二人に男子二人が帰り支度を済ませていた。

そしてそれに気づいたのか、律儀にもそのうちの女子生徒一人がこちらに寄ってきた。

名前は確か……確か……ごめん、わからないわ。


「えーっと……篠宮くん?も帰って大丈夫だから」


「……わかった」


そう伝えるが早く、彼女は他のメンバーと共に教室をあとにする。

廊下に移ってからも騒がしい声が扉越しに聞こえてくるが、それも足音ともに小さくなっていきやがて聞こえなくなった。


「遅れてるわけじゃない、か……」


教室内をぐるりと見回しつつ、一人残された俺は何気なく呟いた。

飾り気のない薄汚れた白い壁に、教室後方の隅に追いやられた色とりどりの画用紙や百均などで買われた軽めの装飾品。

それらが視界に収まり続けた。


だが、彼──男子生徒の言う通り遅れている訳ではない。

俺たちの高校では、文化祭前日は授業が行われることは無く、時間を全て出し物などの準備に費やせる。

それを考慮すれば、恐らくだが本番には間に合うだろう。


──ただ彼らは失念している。

いや、ただ単に話を聞いていなかっただけかもしれないが。


前日のそのまた前日。

その日ももちろん準備期間内であるが、趣旨が他の準備日と違う。

というのも、文化祭実行委員による最終確認が行われるのだ。

それも設備の安全性などの確認を中心に行うらしいので、本番と同じ環境をその時間に作っておく必要がある。


「少なく見積っても、二日分は遅れてるな……」


重いため息が、静かな教室に満たされる。

あの言動、そしてそれに対する反応を見るに、そのことが頭に入っているのは俺だけで間違いない。

先生の話ぐらいちゃんと聞いてよ……。

まあ、俺も偶然起きてて耳に入っただけなんだけど。


「……やりますか」


時刻はまだ四時。

完全下校が八時ぐらいだから……フルで作業すれば、遅れを取り戻すことぐらいは出来るだろう。

高校一年生にして、四時間の残業。

これ履歴書に書いてもいいですか?

いいブラック企業とかからお声がかかりそう。

……いいブラック企業とか矛盾もいいとこだな。


渋々といつの間にか重くなっていた足を横たわる画用紙へ向けた途端、教室前方の引き戸が音を立てながら開けられた。


「──あれ、篠宮くんだ」


「げ……神崎……さん?」


「へー、名前覚えてくれてたんだー」


「ま、まあクラスメイトだし……」


視線を向けた先には、緑のジャージに身を包んだクラスメイト──神崎が居た。

なんでかはわからないけど、ジャージでよかったー。名前、左胸の位置に書いてあるからね!


「一人なの?」


「……そんなところ」


「……ふーん。そう言えば、篠宮くんって装飾係だよね?」


神崎は先程俺がしたように、教室内を軽く見回すとこちらに視線を向けた。

問いかけに小さな頷きで応える。


「じゃあ私、まだ作業してるなら手伝うよ。実は器用なんだよねー!」


「……いや、別にいいんだけど」


しかし神崎は俺の返答に耳を傾けることなく、たたたっと俺の横に座り込み、ほんの少しだけ埃を被った装飾品をいじり出す。


……こうやって人の領域にズタズタと余裕で入ってくるのが苦手なんだ。

だいたい世話焼きのつもりなんだろうが、余計なお世話というもの。

内心で愚痴を吐く俺だったが、不意に目に入った神崎の綺麗な横顔に、一瞬魅入ってしまったのを誤魔化すため、すぐに目を逸らした。



「これ、ほんとに終わるの……? この調子だと絶対最終確認に間に合わなくない?」


作業を続けること二時間。

ついにというべきか、神崎は崩れるように床に寝転びつつ弱音を吐いた。

とりあえず画用紙を全て壁のサイズに合わせて切り、その半分の飾り付けを終えたのだが、やはり同じ作業というのは精神的にきつい。

……職人さんには頭が下がります。


かく言う俺も疲れが顔に出ているだろう。

神崎が先生の話を聞いていたことに感心する余裕などなかった。


「……まあ、なんとかなる……と思う。多分」


疲れのせいかぎこちない返答になる。

文化祭に近づいてくれば、彼らも徐々に準備に力を入れ出すだろう。

……最悪の場合は文化祭実行委員に土下座でもしますか。

許してもらえればいいな……。


「──もしかして、他のメンバーが仕事してなかったりする?」


突如投げかけられた問いが核心をついてきたのに驚くが、慌てて平然を保つ。

……びっくりしたー。

急に鋭いとかタチ悪いな。


「……いや、それはない。ただ俺が好きで残ってるだけだ」


嘘ではない。

彼らに『残って』とお願いされたわけでも、『代わりにやれ』と命令されたわけでもない。

今ここに居るのは間違いなく、俺の意志だった。


「へー……物好きなんだね」


やや間延びした声。

いつの間にか神崎は上半身を起こしていて、視線がこちらに向いているのを感じる。

目を合わせた途端に全てを見透かされそうで、視線を床に固定した。

だがそれも効果を成さないことを知らなかった。


「──一人で全部背負うことないと思うけどな」


思わず振り向きそうになる首をやっとで留めた。


「……いや、勝手に結論出されても困るんだけど。第一、そんなつもりはない」


神崎の呟きがまるで知ったような、わかったようなものに聞こえて、怒りの感情が声に含み表れる。


影で活躍するヒーローのつもりでもなければ、中二病をこじらせているわけでもない。

これしかわからないのだ。

馴れ合いを嫌う俺にとっては、これしか出来ることがない。

ただ──


「──頼り方がわからないなら、そう言えばいいのに」


「……!」


言葉を失う。

鼓動が知らぬうちに速くなる。

図星だった。

神崎の呟きはこれ以上にないくらい、的を得たものだった。


「私の係、もう準備終わってるの。だから私で良ければ篠宮くんのこと、手伝うよ」


ゆっくりと顔をあげた先には、真剣な面持ちの神崎が居て。

こちらを見つめる目は眩しくて、でもしっかりと見ることが出来た。

俺の返答を急かすことをせず、待っていてくれている。


「……頼む」


いつぶりかに紡いだその言葉は新鮮だが、どこか懐かしい。


「……じゃあ続きやろ!」


先程の真剣さは嘘のように、神崎の顔には無邪気な笑顔が浮かぶ。

そしてその言葉に、手元の装飾品を拾い上げ応えた。


──自分のことをわかってくれた。

誰も理解してくれないと思っていた自分を。

たとえそれが事実でなく勘違いだったとしても、彼女に興味が湧いたことは覆しようのない事実だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る