2章
第35話 席替え
テストが終わって一週間と二日。
当然全五教科の丸つけなどは済んでいる頃であり、実際今日がその返却日となる。
──なるのだが……。
「テスト返却の前に席替えを行う」
そんな担任の宣言により、クラスはざわめきに染まっていた。
学校の行事はそれこそたくさんあるが、どれも季節などで区切られ年に一回きり。
席替えのように年に何回もあるイベントはそう多くない。
その点で言えば、騒ぎが起こるのも納得出来る。
しかしざわめきの中には、主に二種類──歓喜の声と不満を呈す声が混在している。
それもそのはず。
人にはそれぞれお気に入りの席がある。
仲の良いクラスメイトの近く、黒板の見えやすい位置などなど各々望む環境は異なるが確かにそれは存在するのだから。
現在の席をこよなく愛する俺もその例に漏れず、不満を表すように、そして諦めを示すようにため息をついた。
こればっかりは経験上、頑なに首を縦に振らずとも、望む者が居る限り進んでしまうものだとわかっているためどうすることも出来ない。
喜びの表情に満ちた者から教卓に置かれたくじを引いていく。
やがてそれは流れと化して、渋々といった様子にも関わらず手をくじに伸ばす生徒も見受けられた。
全員が引いたことを別れが迫るこの席で確認すると、俺もその流れに乗り立ち上がってくじを引いた。
「十七番……十七番……っと、窓際か。……最前列だから喜べないけど」
黒板の指定された番号に目を向けた俺は、失意のため息を飲み込みつつ、教卓からそのまま移動を始めた。
既に移動をしたのか、元十七番席の生徒の姿はそこにはなかったため、迷わず腰を下ろし窓の外を覗き見る。
そこには俺の胸の内を切って貼り付けたように、どんよりとした雲が空に広がっていた。
「こりゃ、帰り降りそうだな……」
「──そうね。けど予報通りなんだから、関係ないんじゃない?」
「いや、それが俺今日傘──げ……」
「……くじなんだから、仕方ないでしょ」
聞き覚えのある声に、反射的に振り向いた先にいたのは金髪の女子生徒。
俺には名前よりもあの時の出来事の方が頭に残っているため、思わず苦虫を噛み潰したような顔をしてしまった。
……こればっかりはしょうがないと思うんだ。
そんな俺の反応にも負けないぐらいの不満げな様子で、隣の席に腰を下ろす彼女。
なんとも言えない空気が俺たちの間に流れ出し、それに耐えられるはずもなく再び窓に目を向けた。
隣の席に人がいるってこんな感じなのか……。
久方ぶりの感覚にむず痒さを感じる。
失って初めて気づくものってあるよね!
……うへぇ、既に元の席が恋しい。
「──あの時は……ごめん」
「……え?」
「ちょっと私自身テンパってたっていうのもあるけど……ちょっと嫌な言い方だった」
彼女はボソボソと机に向かって呟いた。
頑なに視線をこちらに向けようとはしないが、話自体は俺に向けられたものだとわかる。
「……別にもう終わったことだし、気にしてない」
記憶には残れども、そこに恨みなどは含まれていない。
謝れることなどないと思い込んでいたため、今のこの状況に驚きは隠せないけど。
「そう、なら良かった。だいたい、琴音があんたなんかと付き合わないよね」
「……そうだな」
俺の言葉に吹っ切れた様子で顔をあげた彼女。
淡白な対応は、正直楽で助かる。
しかし何とか平静を装ってはいるが、今の返しはかなり心にきた。
まあ、事実なんですけども。
「──それで、件の神崎さんは一体何してるんだ?」
「え、どういう……ってほんとに何してるのよ琴音……」
俺の視線の先を追った彼女は、呆れのため息をついたが無理もない。
クラスの中心人物であり、俺の彼女──神崎琴音は担任の先生と真剣な面持ちで向き合っているのだから。
というか若干先生の方が押され気味なんだけど……。
好奇心には逆らえず、二人してそのやり取りに控えめに耳を傾ける。
「先生!私視力が悪いので、最前列の席を希望します!」
「いや、視力が悪い生徒は先に申し出るよう言っただろう。そもそも、お前は視力に問題はなかったはずだが……」
「突然悪くなることなんてよくあります。それに、常に成績トップの私が黒板を見れないせいで成績が落ちたなんてなれば、学校側にとっても痛手ですよね?」
「うちは公立だから、私立ほど個人の成績を重視していないんだよ……」
「ぐぬぬ……そ、それでも──」
……ほんとに何してんの!?
思わず叫んでしまいそうだったのを慌てて飲み込み、胸の内で吐き出した。
どうやらクラスメイトもあの姿を見て動揺しているようだ。
クラスの中心人物とはいえ、神崎はあまり人の前に立つタイプではない。
故に自分の主張をこんな風に大勢の前で声に出すというのは、なかなか新鮮な光景だ。
「はあ……最近はあんな感じなのよね、琴音」
こちらの内心を知ってか知らずか、彼女はため息とともに悩みとも取れそうな声を出した。
「前までは静かで周りの人の意見を聞くだけだったんだけど、近頃我を出すようになったというか……」
「迷惑、してるのか?」
「誰が!……たまに何考えてるのかわかんない時があったから、今の方が安心出来る」
我を出すようになった、か。
あいつ、少しでも自分を変えようと頑張ってるんだな。
正直、変わろうとしなくてもこちらとしては構わないのだが、何分神崎が言い出したこと。
俺が否定するのも間違っている。
「──でも、まあ……世話が焼けるようになったのはあるかな」
「は……?」
立ち上がろうとした俺より先に、金髪は椅子を机にしまうと神崎と先生の元に駆け寄った。
「私で良かったら席変わります」
「え、ほんとに? ありがとー凛!」
「どういたしまして。その代わりにまた私に勉強教えること」
「もちろん!私に任せて!」
やがて抱擁を終えた二人は舞台から降り立つ。
神崎はいかにもご機嫌な顔。一方で金髪──凛と呼ばれた彼女は呆れ笑いを浮かべている。
しかし何故かその目は、嬉しそうに一旦席に戻った神崎の背中ではなく、俺に向けられていた。
「男子と女子が席交換出来るわけないでしょ。正義感があるのは勝手だけど、少し考えなよ」
「……」
背もたれにかけたまま固まっていた手が妙に恥ずかしくて、膝元にしまう。
そしてそんなことなど眼中にないと言わんばかりに、彼女は淡々と荷物である筆箱を手に掴んだ。
「──あ、そうだ。席が隣ってだけで琴音に余計なことしないでよ」
「……しねえよ。そっちだって、ちゃんと神崎……さんと仲良くしろよ」
「はあ?あんたに言われるまでもないんだけど」
背を向けるとともに吐き捨てられた強気な言葉が耳に響く。
口調こそ突き放すものだが、俺にとっては望む答えが返ってきたためそこまで気にならない。
そんな短い間に、移動を終えた神崎が隣の席に落ち着いた。
「これからよろしくね、篠宮くん!」
「……どうも」
「ちょっと、何その反応。もっと喜んだらどう?」
「……ここに至るまでを見せられたから、プラマイゼロだな」
「む……それを言われたら、ちょっと参る」
視線を落とす神崎を尻目に、机に突っ伏す。
いつもは眠くなるはずなのに、隣から漂う甘い匂いのせいで意識は現実に縫い付けられたままだった。
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