第34話 俺の変化は彼女ありきで

激動のテスト週間も幕を閉じた。

色々あったが、神崎とクラスメイトらの関係性も元通り。

これで落ち着いて、いつもの生活に戻ることが出来る。

知らず知らずのうちに、部室に向かう足取りは軽くなっていき、いつもより倍早くの移動となってしまった。


目の前に佇む文芸部の部室。

それは俺の生活の有り様を象徴するものであり、どこか家のように感じている。

心做しか中が騒がしいような気もするが、そんなことは気にしない。

迷いなく思い切りドアノブを引いた。


「──なんで神崎先輩がここにいるんですか!?ここサッカー部じゃないんですけど?」


「そんなの知ってるよ姫島さん。用があるからこそ来たんだから」


「それこそありえないから言ってるんです!ここは神崎先輩みたいなのが来る場所じゃないです」


「それはあなたが決めることじゃないでしょ?だいたい、私は篠宮に──」


「……俺になんだ?神崎……」


ドアを開けた俺を迎えたのは、慣れ親しんだ静けさではなく、それとは対照的な喧騒だった。

二人の女子生徒が睨み合うように向き合っている。

というかなんで神崎がここにいるの?

今日部活あるとか言ってたのに。


状況について行くのがやっとで、声にすら疲弊の色が滲んでしまう。


「あっ、先輩! 聞いてくださいよ! この人、部員でもないのに私より先に部室にいたんです。おかしくないですか?」


「……わかったからとりあえず落ち着け、姫島。──それで、どうして神崎はここに?」


少々興奮状態な姫島を落ち着かせ、件の神崎に体を向ける。

口調こそ柔らかさを意識したが、実際にはこちらを見つめる目を睨む。

不用意な接触はできるだけ避けなければならない立場なのを、忘れているんではなかろうか。

しかしそんな俺の様子などどこ吹く風。

神崎は微笑みを浮かべたと思うと、制服のポケットから何枚折りかにされたプリントを取り出して広げだした。


「はい、これ。入部届け」


「……はい? いや、神崎さん……サッカー部は兼部出来なかったはずだぞ?多分マネージャーも一緒」


当然のごとく渡されたそれを押し返す。

しかし神崎は頑なにそれを受け取ろうとはしない。


「知ってますー。だから辞めてきました、サッカー部のマネージャー」


「は?……だから、お前何言って──」


突然手を取られ、神崎の方に引き寄せられる。

気づけば、耳元には神崎の息が規則正しいリズムで吹きかかっていて、頑なに唇だけは意識しないようにしても無駄だった。


「──これが私なりの勇気の出し方。まだ公には付き合えないけど、これで許して欲しいな」


顔を離した神崎が浮かべている笑みに心が奪われる。

ただそれも束の間。

姫島が俺と神崎の間に割って入る。


「ちょっと近づきすぎです!先輩から離れてください!」


「どっちも先輩だけどね」


「おちょくってるんですか!?」


神崎のわざとなのかはわからない、挑発するような言葉に見事に食いかかる姫島。

この二人のやり取りを見ていると、スペインの闘牛が頭に浮かんでしまう。

余裕綽々な神崎の姿は、それが世の道理だと言わんばかりだ。

さすがに姫島が可哀想に思えてきたため、フォローに回ることにする。


「落ち着け、姫島。これ以上やっても意味ないぞ?」


「そんなことはわかってるんですけど……」


何か譲れないものがあるのか、なかなか引き下がる姿勢を見せない姫島。

ぐぬぬ……と唸りながらも、仇敵を見据えるような視線を神崎に送っている。

……仕方ない、出費は痛いが平穏が帰ってくるなら安いものだ。


「今度出かける時、お昼奢ってやる。だから今は落ち着こう。な?」


「……マックでいいですか?」


「全然問題ない」


「じゃあ、それで手を打ちましょう……」


納得してくれたらしく、大人しく矛を収めた姫島は机に座り何事も無かったかのように読書を始めた。

……何とかなって良かった。


「──今度、出かける時?」


──あ、これはやばい。

ほっと内心で安堵したのも一瞬、不覚にもそう感じてしまったが、もう遅い。

神崎は先程の余裕さなど欠片も残さず、姫島に迫った。


「ちょっと訳あって、先輩と本屋に一緒に行くんですよ。……二人で」


「……二人?あ、あなたはもう充分部活で篠宮と二人になってるじゃない!」


「そんなの関係ないですよ。それよりも、なんでそんなに食いつくんですか?」


「ほんと、らしくないぞ神崎。……ていうかこのままだといずれボロ出すから、静かにしてて!」


「……篠宮にも、後で話があるから」


早口で説得を試みるも、今はこちらに耳を傾けてはくれないようだ。

三度、今度は立場を逆転させ争い始める二人。

その光景にはまさに水と油という言葉がピッタリだ。


いつもより騒がしい状況でため息をつく。

それでも、こんな形の文芸部も神崎がいるならいいと思ってしまう自分がいた。

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