第41話 慣れない休日の過ごし方 後編

長い昼食の時間を終えた俺達は、真の目的である、『俺が本を紹介すること』を達成するべく本屋を訪れていた。


「姫島、希望のジャンルとかあるか?」


店内をゆっくり見回しながら、隣を歩く姫島に尋ねる。

姫島の希望は『俺のおすすめ』なのだが、人間関係に相性があるように、人と本にも合う合わない、向き不向きといった相性がある。

そのため俺が選んだ本が、姫島の好みではない可能性も出てきてしまうのだ。


それでもきっと姫島であれば読んではくれるだろうが、それでは俺としては後味が悪い。

読んでもらうのならば、やはり楽しんでもらいたいのが勧める側の心境といったところだろう。

それに正直、選択肢を絞って貰わないと本の種類が多すぎてキツイ。


「ジャンルですか……強いて言うなら、恋愛小説ですかね」


「おお……初めてリアルの姫島とイメージの姫島が一致したぞ」


「それ、喜べばいいんですかね?」


俺の反応に困ったように苦笑いを浮かべる姫島。

幾度となくすれ違ってきた姫島真実姫島予想

その二つが初めて重なったのだ。驚きもしてしまう。

まあ、きっと今回に至っては姫島に関してではなく、女子に関してのイメージだろうが。

神崎が恋愛小説の読書中に持てる表情を総動員していたのが、印象に残っている。

……そういえばあいつ、部活の時は何読んでるんだろ。

新たな興味を抱きながらも、今回はそれを思考の奥深くへ。

その代わりに恋愛小説を頭の中で検索にかけ探し始める。

どちらかと言えば、俺はミステリーなどを好んで読んではいるが、恋愛小説にも何度かは目を通したことがある。

最近は減ってきてはいるが……。


「……ああ。あったわ」


「先輩?」


やがて記憶に残っているもの──きっと俺が読んだであろう恋愛小説の中で一番最新のものが頭を巡る。

それは発売から一年が経っているものだが、それぐらいのスパンであれば、重版もされている事もあってまだ売っているだろう。


「これなんてどうだ?」


案内板を目安に目当ての本までたどり着いた。

遅れてあとを追ってきた姫島に、一応確認をとそれを手渡した。


「確か内容は、主人公の女の子が想い人である男の子の記憶がなくなったことを知って──」


「新しい思い出を作っていく物語……ですか」


姫島は帯にある簡素なあらすじを読み上げた。

その表情は神妙なものであり、これを見て何を思ったのかなどを読み取ることなど出来ない。

しかしそれも数秒、すぐに慣れ親しんだ笑顔が浮かんだ。


「……いいじゃないですか! ちゃんと恋愛してそうです」


「いや、恋愛小説なんだから当たり前だろ」


「私、先輩のことだから恋愛が要素として扱われたミステリーとかをおすすめしてくるのかと思いました」


「お前じゃミステリーは読めないだろ」


「そっち!? そっちが理由でこれを勧めたんですか!?」


「そんなことよりほら」


話を途中で遮って手のひらを差し伸べる。

姫島はそれを不思議そうに眺め頭をひねった挙句、何か思い至ったようで顔をかあっと赤く染める。


「……い、いきなり手を繋ぐっていうのは、ハードル高いです……」


「ちげえよ。俺がそれ買うから、寄越せ」


「な、なんだ……ってそれも悪いですよ!」


「こういうのは勧める側が払うんだよ。 家電とかでも保証あるだろ。 面白くなかった時のその代わりだ」


今の位置からさらに手を伸ばし強引に姫島から本を奪うと、そのままレジに向かう。

ちらりと姫島を振り返るが、こちらを追ってくるような様子はない。

今回はカバンで首を締められることは無さそうだ。



会計を済ませた俺は店員のおすすめ本が並ぶ売り場に佇む姫島に足を向けた。

……あんなに高かったのか、あれ。

心なしかカバンがだいぶ軽くなった気がする。


「ほら、買ってきたぞ」


「ありがとうございます……。でも、ほんとに良かったんですか?」


「先輩だからな。それにこのためだけの今日なんだから、何も問題ない」


姫島との今日の外出は、俺の無理難題といっても過言ではない、偽ラブレターを書くようにとの頼みの対価として提案されたものだ。

俺の頼み事の内容が内容のため、むしろこれだけでは足りないとも言えるだろうけども……。

そのため、今日の費用は全て俺負担でと最初から決めていた。

でなければ、対価として相応しくないから。


「──私は違います」


本屋を出た直後、背後からはっきりとした声が聞こえ俺の足を止めた。

声の持ち主は疑いようもなく、姫島だ。


「私はこのためだけに今日、先輩と出かけた訳じゃないです」


「……どういうことだ?」


なんとか口を動かしたが、今の姫島は今まで見たことのない真剣な、決意に満ちた雰囲気を纏っており、気を抜けば呑まれてしまいそうだ。


「先輩が、今日がこのため──私に対するお礼のためのものと言うなら、私にも考えがあります」


「いや、答えになってない──ってお、おい!」


姫島は突然距離を詰め、俺の腕に抱きついてきた。

漂ってきた甘い香りを無意識のうちに鼻が捉えて離さない。


「……ちょっと体調が優れないので、送ってください」


先ほどの凛とした声とは対照的に、風でも吹けばかき消されてしまうようなそれが耳にたどり着いた。


「……駅までだぞ」


姫島との距離をできる限り遠ざけつつ、知らぬ体重をしぶしぶ受け入れた。

そんな慣れない状況は、結局姫島が降りる方の駅まで続いた。

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