第6話 帰宅直後の玄関で

コンビニで買え揃えた食材達が入った袋を片手に、明かりが覗くドアを開ける。


「ただいまー」


「お、お邪魔します……」


伸びた声とたどたどしい声。

対照的な二つの音が俺の家の玄関を満たす。

だがそれも束の間。

バンと勢いよく開けられたドアにより、空気が一転した。


「お兄ちゃん!あれ、どういう……こと……」


リビングから飛び出してきたのは、長めの黒髪を頭の後ろで纏めた少女──俺の妹、篠宮美玖だった。

紡がれ出した言葉はやがて勢いをなくし、その代わりかポニーテールが活発に揺れている。

『あれ』というのは、先程送ったラインのことだろう。

振動が鬱陶しかったのが、記憶に新しい。


「……こいつが俺の妹の美玖。そんでこいつが俺のか、彼女の神崎」


背後に立つ神崎のことを美玖に、目の前に立つ美玖のことを神崎に簡単に紹介する。

……やばい、人に紹介すんの初めてで彼女の部分噛んだ。めっちゃ恥ずかしい。ベッドに飛び込みたい。


「──初めまして、神崎琴音です。よろしくね、美玖ちゃん!」


一人顔を熱くする俺の事などどこ吹く風、背後に立っていた神崎は俺の前に勢いよく飛び出すと、弾んだ声で美玖に笑いかけた。

さすがトップカースト。初対面でも動じない。

ところで、訪問時の恥じらいはどこへ行ってしまったんだい。


「え……あ、はい。よろしくお願いします、神崎さん……」


一方美玖は、その勢いに押されたのかやや緊張した面持ちで口を開く。

わかる、わかるぞ美玖。

突然グイグイ来られると、ビックリするよな!うんうん!

どうやら伊達に兄妹ではないらしい。

……美玖は中学で人気者らしいけど。


「そんな堅苦しい呼び方じゃなくて、琴音でいいよ!というか呼んで!」


「は、はい……こ、琴音さん」


「きゃー!可愛い!篠宮、美玖ちゃん頂戴!」


「やらねぇよ……ていうか騒ぎすぎ」


どちらが年下なのかわからないほど、美玖の前で大はしゃぎする神崎に呆れ混じりのため息をつく。

そもそも押しが強すぎない?

カテナチオでも平気で破ってそう。


「……琴音さん」


「ん、何かな?」


先程まで受け身だった美玖が神崎を呼びかけた。

動作で『耳を貸せ』と訴えている。

それに対して神崎は機嫌よく耳を傾けた。


「──お兄ちゃんに何か脅されてます?」


「え……?」


「おい、聞こえてる」


神崎の右耳を覆うその両手は、一体なんのためにあるんだよ。

本人おれに聞こえちゃ意味ないだろ。

……もしかして、わざとなの?

美玖は神崎の耳から顔を離すと、こちらに視線を向けた。


「だって友達一人家に連れてこない人が、いきなり彼女連れてきたなんて話、信じられないよ。しかも美人」


「……それは確かにそうなんだけど、逆に考えて欲しい。お前のお兄ちゃんは脅してまで彼女を欲しがる男か?」


「お兄ちゃんならやりかねないよね……」


「即答ですか……」


残念そうな表情を浮かべている美玖。

……おっかしいなー。そこら辺の信頼はあると思ってたんだけど。

どうやら俺の勘違いだったらしい。

ドヤ顔で訊いてしまったため、ダメージが大きい。


「──ふふ」


俺が心の中でひっそりと涙を流す中、控えめな、そして短い笑い声が流れた。

人間、そういうのには敏感なため、自然と俺も美玖もそれの発生源である神崎を見据える。


「あ、ごめんね。仲良いなって思って」


視線に気づいた神崎は、微笑んで俺たちのそれに応えた。

その姿は可憐で目を奪われる。

そして美玖に向き直ると続けた。


「──お兄ちゃんのこと、好きなんだね」


「……な、何ですか急に!デタラメ言わないでください!」


ビクリと肩を揺らした後、あからさまに顔を赤く染めた美玖。

否定する様子はどこか慌てていて、語気も強くなっている。


「ううん、私にはわかるよ。──だって私も好きだもん」


神崎は首だけを振り向かせてきた。

突然向けられた視線と言葉に、思わず目を逸らすが、頬は熱を帯び始める。

……不意打ちはずるいと思います。


「り、理由になってません!……もういいです!お腹空いたので、夜ご飯作ります!」


「えー、ちょっと待ってよ美玖ちゃん!私も手伝うから!」


突然ポニーテールをバタバタと揺らしながらリビングに戻った美玖を追うように、神崎が楽しそうに家に上がる。

いつの間にか、俺の手にあった買い物袋は神崎の動きとともに揺れていた。


そして自然と閉まったリビングの扉により、騒がしいリビングと静寂に包まれた玄関とに完全に分かれる。

どうでもいいけど、あの子達、最後の方俺の事忘れてなかった?

凄い置いてけぼり感。


このまま立ち尽くしていても意味がないので、俺も遅れて玄関の段差を超え、自分の部屋に向かった。

ふと目に入った神崎のローファーは、かかとが綺麗に揃えられていた。


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