第7話 上がる体温と冷めた対応
スパイスの香りが漂ってきたのに気づいた俺は、読書を中断しリビングに向かっていた。
ちなみに篠宮家は二階建ての一軒家であり、俺の部屋と美玖の部屋、そして今現在用途があるのかわからないが、両親の寝室が二階に位置している。
掃除だけが大変なんで、早くまた使って欲しい。
いっそ某お掃除ロボットでも買ってもらおうか。
「なんかいつもと違うような……?」
階段の段を一段一段下りる毎にリビングの扉に近づいていくが、それと同時に香りもより強くなって俺の鼻に押し寄せる。
それには違和感があった。
具体的に言うと、いつも俺が食べている馴染みのあるカレーの匂いと、何か別のものが混ざったような感じだ。
頭に疑問符を浮かべながら、ドアノブを回す。
「──あれ、篠宮寝てなかったんだ。もうちょっとで呼びに行こうと思ってたんだけど」
「……」
「あっ、もしかして制服そのままで寝転んだでしょ!シワがついちゃってる。もう……美玖ちゃんが大変じゃない!」
突如として俺をリビングに出迎えた神崎は、俺との距離を詰め制服とにらめっこ。
そして
何故かカレーの匂いが捉えられない。
「──神崎、その格好……」
「ん?……ああ、これは美玖ちゃんに『お母さんので良ければ』って貸してもらったの」
目の前の神崎は当然制服を着ているが、いつもと違う点が一つ。
体の前面を覆い隠すように、身につけられている紺色のエプロン。
それは確かにかつての記憶を呼び起こすものであり、美玖が貸したものなのだと思われるが……。
──如何せん、似合い過ぎている!
普段合わさることの無い、制服とエプロンの組み合わせは新鮮に映っている。
そしてそれに加えて、モデルに引けを取らない神崎の容姿とスタイル。
そんな奇跡的なマリアージュに、俺の目が釘付けになるのも時間の問題だった。
「どうしたの?ぼーっとしちゃって」
俺の胸中など知る由もなく、神崎は様子を伺うようにさらに距離を詰めて来る。
やめて、やめて!
もうチェックメイトだよ!王手だよ!投了だよ!
「──きっと照れてるんですよ。琴音さん、凄い似合ってますし」
審判さながら、冷静な声がダイニングの方から聞こえた。
何とか視線をそちらにやると、美玖が見慣れたエプロン姿で淡々と、食事をテーブルに並べている。
だがこちらを眺めている訳ではなく、あくまで仕事をしながら横目でといった様子だ。
「……そ、そうかな?」
それを聞いた神崎はエプロンの裾を両手で握り、自分の姿と俺の顔に視線を行き来させた。
先程より二、三歩ほど距離が空いたが、そこまでの差はない。
その頬は僅かに赤く、向けられる視線には微かな期待が込められている気がした。
……どうやら投了は認められないらしい。
「……似合ってると思う。これ以上にないくらい」
何とか紡ぎ出した言葉は小さくて、自分でもよく聞こえない。
しかしそれでも目の前に立つ神崎には届いたようで、顔をだんだん俯かせていく。
「……ありがと」
消えてしまいそうな小さな声だが、確かに耳に届いた。
恐らく、俺の声もこんな感じに聞こえたのだろう。
そんな不思議と確信めいた考えが浮かんだ。
「──イチャつくのは、ご飯食べてからにしてもらっていいですか?」
呆れ混じりのため息が美玖の口からこぼれ落ちた。
とっくに食事を並べ終わったようで、テーブルに肘をつきながら、ジト目で俺と神崎を眺めている。
「……ごめん。そういうつもりはなかったんだけど」
なっ、と共感を求めて神崎に視線を移すが、意識ここに在らずといった感じでボソボソと何かを呟いている。
……何それセルフツイッター?スマホなくても出来るとか超便利。
「……そういうのいいから。ささっ琴音さん、カレー食べましょう!」
俺の横を通り過ぎた美玖は、ボソボソと呟きを続ける神崎の手を取り、ダイニングテーブルへと連れていく。
その姿は姉妹のようで、見ていてとても微笑ましい。
俺が部屋にいる間──料理をしている時にでも仲良くなったのだろうか。
……それはそれとして、美玖ちゃんだいぶ俺に対して淡白じゃない?
もしかして神崎との仲と反比例していく法則だったり。
少しだけ気持ちが沈んだのを誤魔化すために、ため息を飲み込んだ。
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