第38話 いつもの勘の良さ 〜不慣れなフランクさを添えて〜
「あら、お話は終わったのかしら? 犯罪者さん」
リビングのソファから会長の声が飛んでくる。
入室した俺を認めたその目は活力に満ちている。
罵倒することに切り替えたな、この人……。
「……せめて予備軍をつけてください」
「そこは否定しようよ、お兄ちゃん」
俺の返答に背後の美玖が呆れを示し会長のもとへ向かう。
緊張がほぐれたのか、その足取りはいつも通りだ。
「さっきの続きなんですけど、制服もう少しで乾くのであと少しだけ待ってて下さいね」
「わかったわ。こんな忙しい時間に手間かけさせちゃってごめんなさい」
「い、いえ! 大丈夫です、全然。……それじゃあ私は洗濯に戻るから、あとはお兄ちゃんに任せた」
「……了解」
小走りでリビングを後にする美玖。
その背中を尻目に思考を巡らす。
任せられたはいいものの、下手に会話を切り出そうものなら、速攻で切り捨てられてしまいそうな雰囲気が今の会長にはある。
まさか俺が神崎との会話以外に悩む日が来るとは。
頭を悩ませていると、会長の澄んだ瞳がこちらを再び捉えた。
「いい子ね、妹さん。君には勿体ないくらい」
「……自慢の妹ですよ」
「もしかしてシスコンかしら?」
「客観性に任せてます」
先程までの妙な緊張はなんだったのか、自分でも驚く程に舌が回る。
そんな中、会長は身を預けるようにソファに沈めた。
その姿にだらしなさを感じさせないのは、この人がこの人である所以だろう。
もはや一種の哲学まである。
「ほんとにいい子。……君と違って」
「急に攻撃的になりますね。緩急でも大事にしてるんですか?」
「そういう反抗的な返しもないし、何より素直だし」
「ああ……確かに」
あれを見ればその感想が出てくるのにも納得が出来る。
だが、あの態度はあくまでも会長が他人の域だから。
実際家族だと反抗ガンガンするし、素直さも若干抑え気味になる。
まあ、きっとそれで両者の均衡を保っているはずのため咎めるつもりはないけど。
「何か含みのある言い方ね。まあ、いいわ。それより一つ、君に聞きたいことがあったのだけど」
会長が体を起こして姿勢を改める。
組み替えられた長い足を意識の外に追いやりつつ、小さく首肯する。
すると途端にその大きな瞳に再びこちらを責めるようなものが取り憑いた。
「どうして生徒会室に来なかったのかしら?既に一週間が経過してるけど?」
「一週間……? ──ってそう言えば!」
脳裏にあの日の屋上でのやり取りが蘇る。
確かに記憶上の会長も生徒会室に来るようにと去り際に口にしている。
……完全に忘れてた。
その時は処分が下されると予想し、重要なこととして処理していたが、如何せん、そのあとの出来事の刺激が強すぎたため頭から吹っ飛んでしまったのだろう。
「はあ……君はそういうのは忘れないと思っていたのだけど」
「すいません……それで、処分は?」
「処分? 何の話かしら?」
「え、いや、起こしたことに対するやつですよ。急ぎで伝えることでもないってことは、停学とかじゃないってことはわかりますけど……」
「そんなの無いわよ」
ハッキリと俺の懸念を一蹴した会長。
しかしその表情はだんだんと緩んだものになっていった気がした。
「全校舎のトイレ掃除とかやりたいのかしら?」
「……遠慮します。というかじゃあなんで生徒会室に呼んだんですか?」
「ちょっと個人的に頼みたいことがあってね。──篠宮くん、君生徒会に入らない?」
こちらを試すような目で覗く会長。
きっとこの状況、この雰囲気ではなかったら真摯に受け止めていただろう。
それは会長も織り込み済みだったようで、口元がふっと緩む。
「というのは、冗談。ほんとにしてもらいたかったのは備品の買い出しよ。まあ、結局自分でやった挙句にこうなっちゃったのだけど」
自嘲気味に笑う会長の視線の先には、大きなビニール袋が二つ並んでいる。
女子高校生が持つにしては、明らかに多すぎる量だろう。
「パシらせようとしただけってことですか」
「教師からのお咎めを避けさせてあげたんだから、それぐらい許しなさいよ」
格好も相まってか、今日の会長はいつもよりだいぶフランクだ。
「帰りは俺が持ちますよ。こうなったのも、遡れば俺に行き着くらしいので」
「私が嫌らしく遠回しに伝えたみたいな言い方しないでもらえる? でも……そうね、ありがとう」
「……」
「……どうしたの?」
「いや、会長のありがとうが意外で……」
「君、度々喧嘩売ってるわよね?」
呆れるように笑う会長。
言葉には怒りなどといった感情は含まれていなかった。
「そういえば、神崎さんはあれからどうしてるの?」
「前みたいにクラスの子と仲良くしてますよ。会長にもよろしくって」
「そう。それは会長として喜ばしい限りね」
「パシリ推奨派の癖に」
「見返りを求めるのは生徒会長云々は関係ないじゃない。……それにしても、君たち本当に仲がいいのね。もしかして、付き合ってるのかしら?」
「……そういう邪推する暇があったら、美玖を手伝ってきたらどうです?」
何気ない問いかけに心臓が飛び跳ねるのを感じ、精一杯平静を装った。
やっぱりこの人、油断出来ない!
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