第18話 突然の連絡
今日も無事に仕事を終え、控え室で伸びをする。
半日も働いていないが、それでも疲れは溜まるらしい。
というのも、提供しているコーヒーのうちの一種類の豆を切らしてしまったらしく、臨時閉店になったのだ。
……意外とマスターってドジなのかな。
それ故まだお昼前。
きっと外では太陽の光が、ここぞとばかりに降り注いでいるのだろう。
──ピコーン。
間抜けな音が俺しかいない控え室にわかりやすく響いた。
制服姿のままロッカーからウエストポーチを取り出してラインをチェックする。
「……っ!」
予想外の内容に動揺するも、何とか平静を装いそのメッセージに対する返事を入力する。
その頬は自然と緩んでしまっているだろうが、誰もいないのだ。
それぐらいは許して欲しい。
「──先輩、ちょっと今いいですか?」
「……姫島?先に帰ったんじゃなかったか?」
ドア越しからの声に、表情筋に喝を入れた。
「頼みたいことが出来ちゃって……」
「わかった。ちょっと待ってろ、直ぐに着替えるから」
「い、いえ!制服は……そのままで大丈夫ですので!」
姫島の言葉に疑問を抱きながらも、携帯をロッカーに再び戻した。
「それで、一体何を──」
カシャリ、と。
控え室から出てきた俺を迎えるような音が鳴った。
目の前には、携帯を顔の前で掲げている姫島の姿。
その二つだけで状況はなんとなく理解出来る。
「……盗撮だよ、姫島さん」
「いいじゃないですか、記念ですよ!記念!」
「一体何の……」
「先輩の初バイトです。初日とかはバタバタしちゃったので、今日にでもという訳です」
姫島は得意げな表情とともに、携帯の画面をこちらに寄越してくる。
突然の事のため、間抜けな表情をしていると思っていたが、意外とちゃんと撮れている。
「後で送りますねー」
「ああ……ていうか、そんなことならわざわざお前の携帯で撮らなくても良かったんじゃないか?俺の写真、俺以外に需要ないだろ」
なんなら俺自身にも需要がない気がしてきた。
毎朝眺めればいいの、これ?
「えーっと……魔除けぐらいにはなるんじゃないですか?」
「むしろ寄せ付けそうだけどな」
「ふふ、冗談です。先輩、こうでもしないと写真撮らせてくれないじゃないですか」
「そうやって盗撮を正当化していくのは、先輩としてどうかと思うぞ。……まあ、事実だけど」
きっと馬鹿正直に、初バイト記念で写真を撮れと言われても、実行しなかっただろう。
そんな妙な自信が、胸の中にある。
「ほら、だからこれで良かったんですよ!ナイス判断です、私!」
「そうだな。ちなみにカメラ写りが良かったのは、俺のおかげだ」
「む……それは聞き捨てなりませんね。私のカメラセンスが良かったんです」
俺達は控え室の前で、まるで永遠と続きそうな勢いで、意味もなく張り合った。
*
ゴールデンウィーク最終日にも関わらず、駅前には人がたくさん行き交っている。
それらを上目に、日陰を作っているそれほど大きくない樹木を囲う、スロープのようなものに体を預ける。
金属の冷たさが火照った肌には優しい。
「──お待たせ、篠宮」
突如後ろから聞こえた聞き馴染みのある声に、振り向く。
昨日の夜も電話越しで聞いていた癖に、心臓は脈を打つ速さをあげていく。
「久し……ぶり……」
しかし、慌ただしく動き続けるそれとは対照的に、俺の口は開かなくなる。
振り返った直後に目に入った、神崎の姿。
何日かぶりだからというのもあるのかもしれないが、それに目を奪われた。
身にまとっているのは、シンプルな白のワンピース。
海や浜辺が背景にピッタリなそれは、神崎の女性らしいラインを強調していて、人が数え切れないほど居るこの場においても、存在が確立されているような感じがした。
……もはや芸術品。モナ・リザも涙目だね!
「どうしたの? そんな静かだったっけ?」
「……そのワンピース、めちゃくちゃ似合ってる」
キョトンとした顔で首を傾げつつ、こちらを見つめていた神崎は、自分ごとながら、意外とすっと出た俺の言葉にみるみるうちに頬を赤らめていく。
「え、あ……うん。ありがと……」
視線を迷わせ、やがて地面に落ち着かせた。
耳まで赤くなっているのが、ワンピースと同じで色白の肌のせいかよくわかる。
「クリーニングに出したり、
「嬉しかったのか?」
からかうような口ぶりでそう言うと、神崎がぱっと顔を上げる。
しかし頬も耳も赤い。まだ照れが引いた訳ではなさそうだ。
「前、家にお邪魔した時、私服について何も言われなかったから、興味ないのかなって思ってたの。だから少し意外だっただけ」
ぷいと拗ねたように顔をそっぽに向ける。
それがまた猫のようで、気を抜けばつい頭を撫でてしまいそうだ。
奥底から沸き起こる欲求を抑えながら、神崎に尋ねる。
「それにしても、なんでもう帰って来てるんだ?」
「……その言い方だと、帰って来るなみたいな意味も孕んでそうだけど?」
「いや、そういう訳じゃ……」
戸惑う俺にクスリと笑いかけた神崎。
それは見慣れているもので、少し安心する。
「冗談。……んーとね、旅行自体は今日の夜までなんだけど、お父さんとお母さんが学校に行けるよう配慮してて、私だけ今日の朝に帰らされたの。だから今、私はここにいまーす」
「それって……悲しくないのか?」
いくら自分のことを思っての行動と知っていたとしても、仲間外れというのは結構心に来るだろう。
それが家族なら尚更だ。
「……ううん全然。──だって篠宮とこうしてデート出来るから」
微笑みが向けられる。
その笑顔に少しでも報いられたら、そう思わせられる。
「じゃあバレないようにしなきゃな。……麦わら帽子でも買っていくか?」
「篠宮、それは季節外れ過ぎるよ……」
「え、でも白のワンピースには麦わら──」
「ああ、もう篠宮のセンスはわかったから、早く行くよ!」
「そ、それってどっちの意味のわかったなんだよ!」
答えは帰って来ない。
仕方なく、先に歩き出した神崎のあとを走って追いかけた。
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