第29話 嫉妬の行方

お風呂から上がった俺はタオルで頭を乾かしながら、自分の部屋で姫島から受け取ったラブレターを眺めていた。

どこから出てきたのかはわからないが、姫島曰く、ラブレターは見た目も大事ということでオシャレな便箋を使ったそうだ。

しかしそれは見事に、シンプルな封筒によって開けるまで知ることが出来ない。


しかしこうしてラブレターを持っていると、自分宛ではないとわかっていても少しドキドキしてしまう。

これはどう足掻いても、男の性なのだからどうしようもない。


明日は土曜日だが、授業時間調整ということで午前中だけ学校がある。

いつもなら憂鬱で死にそうになるが、今回はこれを逆手に取れそうだ。

佐々木あいつの下駄箱の位置は把握してきたため、これをそこに入れておき、その後は放課後に手紙で指定された場所──屋上で待ち構えるだけ。


「……寝るか」


当然これを俺が入れることはバレてはならないため、誰も学校に来ていないであろう朝早くに実行する必要がある。

つまり早起きが必須なのだ。

……俺がこの世の事象で一番嫌いなことが。


嫌だと思いながらも、こればっかりはしょうがない。

一つため息を吐いて、ベッドに向かう。


──ピリリリリリ。


すると先程まで静かだった携帯が手の中で振動と共に音を流す。

慌てて画面を見ると、そこには見慣れた文字の羅列。

……そういえば、あとで電話するって言ってたな。

忘れてたことがバレないことを祈りつつ、携帯を耳まで運ぶ。


「やっほー、篠宮」


「……もしもし」


「あれ、なんか疲れてる?」


「ちょっと眠いだけだ。そっちは……元気そうで良かったよ。……もう夜だけど」


昼間生徒会室で話した時のように、有り余る元気を声に乗せている感じ。

それでも、寝る準備を進めていた耳は拒絶することはしない。

不思議と、聞いていても不快感を感じないのだ。


「仕方ないじゃん。予想以上に暇だったんだから」


「……それで、そんな神崎さんが何の用で?」


「お説教だよ、お説教」


「ええ……身に覚えないんですけど」


今日は直接会ってすらいないのだ。

何か叱られるようなことなど、あるはずがない。

一応頭を回すが、やはりというべきか、思い当たる節はない。


「……そういうところなんだよな……」


「ため息深すぎるだろ。えーっと……どういうこと?」


「──会長とも仲がいいんだね」


「……そういうことね」


いつかを思い出させるような、少し拗ねた感じの声。

状況的にもあの時と似ているせいか、簡単に解にたどり着くことが出来た。

となると、ここから続く神崎の言葉もおおよそ予想がつく。


「いつから?」


「……四月の中旬ぐらい……かな」


「どうやって知り合ったの? 普通、あまり関わらないと思うけど」


「……これからの文芸部について、話をしに来たんだ。一応俺、部長だから」


「……また文芸部関係か」


忌々しく思っていると言わんばかりの呟きがボソッと電話口から漏れてきた。

そんな因縁みたいな感じで言われても……。


言ってしまえば、俺のコミュニティは基本的に文芸部あそこだけ。

俺の身辺で何か気になったとしたならば、そこ関係を洗い出せばいい。

まさに探偵とかにとっては、凄い良心的な物件。

まあ、神崎以外で俺の身辺調査するやついないからほとんど意味無いけどね。


「……会長とは別に仲がいいとかじゃない。なんていうか、そうだな……あくまでも上司と部下というか……そういう事務的な関係だから、楽なんだ」


「……なるほどね。だから知り合ったばかりでも、あんなに話せてたわけか」


「理解が早くて助かる。そういうことだから嫉妬は──」


「──駄目。どんな関係だったとしても、彼女の前で他の女の子とイチャイチャした罪は重いよ」


「別にイチャイチャはしてないって」


「ほら、私めんどくさいから」


自虐的に笑う神崎。

どうやら免罪符の扱いはないらしい。

しかしこちらとしても嫉妬は嬉しいので、めんどくさいなどとは思うまい。

それにしても、わざわざこのためだけに電話してくる神崎が健気すぎて無理。可愛い。


「でもまあ、今回は不問にしてあげてもいいよ」


「……ほんとに?」


「うん。今も私のために頑張ってくれてるし」


「それは、まあ、当然だろ。……彼氏として」


やはり自分で言うのは照れる。

体温の上昇をハッキリと感じながらも、平静を必死に装い言葉を並べ切った。


「ありがと。……でも、無理はしないでね」


「……ああ、わかってるよ。それで神崎。明日は──」


「──お兄ちゃん、洗濯物ー」


突然ドアが音を立てて開き、そこからたくさんの洗濯物を抱えた美玖が入室して来た。


「サンキュ、美玖。そこら辺置いといてくれ」


「はーい……って何これ?」


「ん?……ああ、それただの手紙。ゴミじゃないから、そのままで問題ない」


携帯を耳から離し、例のラブレターについて軽く美玖に説明する。

せっかく書いてもらったものだし、作戦には必要不可欠。

捨てられてしまったら元も子もない。


すると美玖がニヤリと口に笑みを作る。


「へえ……ラブレターなの?」


「まあ、簡単に言うとそうなるけど、実際は──」


「──篠宮。今、ラブレターって言った?」


静かだった携帯から、これまた静かな、しかし重みがある問いかけが聞こえた。


「いや、そうだけど、そうじゃないんだ」


「ふーん……切るね」


「え、ちょっ──ほんとに切ったな、あいつ……」


軽く頭を抱えつつ、元凶である美玖を睨みつけるも、そんなのお構い無しに颯爽と退室していった。


「やることが増えた……」


明日を案じながらも、渋々とベッドに寝転び、睡魔の訪れを待った。

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