第4話 告白エンカウント

校舎を出た俺は、先ほどより激しくなった部活の喧騒を無視して、裏門に向かっていた。

というのも、正門よりそっちの方が家に近いからであり深い意味などない。


放課後という時間も相まって、歩いている道に生徒は見受けられない。

鼓膜を揺らすのは、自分の息遣いと段々と遠ざかっていく運動部の掛け声だけだ。


「あれ?神崎からライン来てる」


時間を確認しようと携帯を開くと、通知が来ていた。

歩く足を止める。

約十分前と表記されているため、会長とお茶会をしている最中に送られてきたものだ。

ていうか部活中に携帯使えるとか、サッカー部も意外と緩いな。

文芸部とそう大差ないぞ。

むしろ俺は基本使わないから、一周まわって厳しいまである。


どうでもいいことを考えながら、見慣れた緑のアイコンをタップする。

といってもほとんどが神崎と妹、そしてそれより遥かに多い公式アカウントに、お世話になってるんだけど。

必ず返事が返ってくるっていいよね。


ラインのチャットには、短い文で『明日一緒に帰らない?』と送られてきていた。

神崎は今どきの女子にしては珍しく、絵文字をほとんど使わない。

今どきの女子ついては何も知らないけど、たくさん使うとあれヒエログリフみたいだよね。


キーボードを淡々と打ち込み、返信をする。

おそらくすぐに返事はないだろうが、夜には返ってくるだろう。

軽い推測を胸に、携帯を上着のポケットに突っ込むと、また裏門へと歩を進める。


「……ごめんなさい。私、好きな人がいるので」


途中で穏やかで落ち着いた、けれどもハッキリとした声が耳に届いた。

ふとその声のする方向へ首をやると人影が二つ、一際静かな校舎裏にあった。

本能的な何かなのか、慌てて身を壁に隠した。

何これ、告白?校舎裏とはまたベタな……。


そしてまたそーっと頭だけを、その光景に覗かせる。

人間だからなのか、はたまた日本人だからなのか、こういった出来事の際に野次馬になるのは決まってしまっている。


向かい合う男子と女子。

男子の方は、すらっとした体で身長が俺と同じぐらい。

部活から抜けてきたのか、赤いジャージを未だに身につけている。

そして目を引くのはその顔。

何あれ、めっちゃイケメン。

俺が女子だったら、一目惚れしちゃってるわ。

そんな感想を抱かずにはいられない。

……俺、面食いなのかよ。


一方で女子の方は──ってちょっと待て。

女の子らしい華奢な体に、ウェーブがかかった亜麻色の髪。

それは明らかに見覚えのあるもので、海馬を確かに刺激した。

あれ、姫島じゃん。


その二人の間には、なんとも言えない空気が流れている。

聞こえてきた言葉から推測するに、告白であったのは間違いない。

だが成功していないのもまた事実だろう。

おそらく姫島が告白された側で──振った側だ。


息を潜めて見守っていると、男子の方が口を開く。


「そっか、それなら仕方ないね。──じゃあ俺、部活戻るよ」


その顔は笑みの形を作っていて、感情を読み取ることが難しい。

そしてこちら側に背を向けると、グラウンドの方へ走っていった。

振られたっていうのに、凄い爽やか。

アイスの爽も涙目。

あれは爽やかとはちょっと違うな。


それを途中まで見送っていた姫島は、足元に置いてあるカバンを持ち上げ男子生徒が向かった方──ではなく、こちら側を向いた。

大きくクリっとした目は俺の顔を確かに捉えた気がした。


「あ……」


思わず間抜けな声を漏らす。


「せ、先輩……見てたんですか」


「……途中からな。途中から」


大事なことなので二回言った。

まさかこちら側を向くとは思っていなかったため、言葉に焦りが孕む。

それを感じとったのか、こちらを見つめる目は疑いの色で染められている。

……先輩を疑うなんて悪い子!


「……まあ、別にいいですけど。それよりど、どこから聞いてたんですか?」


やや伏せ気味だった顔を上げ、慌てた様子で詰め寄ってくる姫島。

その動きに合わせて亜麻色の髪が揺れ、ほのかに甘い香りが鼻腔をくすぐる。


「……『俺、部活に戻るよ』辺り」


「最後じゃないですか。よ、よかったー……」


「──じゃなくて、『私好きな人』」


「わー!わー!き、聞こえないなあ!」


俺の言葉に安堵の表情が一転、テンパった様子で耳を両手で塞ぐ姫島。

棒読み感満載の叫び声は、静かな校舎裏によく響く。

その姿はとても微笑ましい。うるさいけど。


「まさか人気者の姫島さんに、好きな人がいるなんて驚いたよ」


「なんかおちょくってません?」


「全然」


それにしてもこれ、一年生にとっては結構大ニュースだと思う。

文春砲が炸裂してしまうレベルで。


「それで?進捗とかどうなんだよ?」


「先輩、ちょっとウザイです……」


「ストレートは流石に傷つく」


控えめな呟きがナイフのように、俺の心に音を立てて突き刺さった。

俺の心は鉄製じゃないので、そういうズバズバと切り込んでくるやつは無理。

遠回しなら耐えられるけど。

……一周まわって鉄まである。


「そういうのデリカシーないです!」


「でも、人の色恋沙汰ほど気になるものはないだろ」


「それは……否定出来ませんね」


控えめに開かれた口からは、小さな声で肯定の意を示す言葉が発せられた。

やはり女子高生もそうらしい。

それで好きな人被ったとかで揉めて、ギスギスして──って危うく闇に飛び込むところだった。

望んでいないにも関わらず、頭に余計な考えが駆け巡った。


「そ、それでもダメです!秘密です!」


必死に訴えるように顔は強張り、慌てたからか若干朱色に染まった頬が視界に収まる。


「……まあ無理には聞かないけど」


何も話す気がないと、強い意志が込められた目。

観念してすっと視線を外す。

ほっと息をつく音が耳に届いた。

だがそれきりまた場が沈黙に包まれる。


それを破るのは、俺だ。


「……一応伝えておくけど、明日は俺が部活休みだから」


「そうなんですか……」


「ちょっと予定が入ってな。──あ、そうだ」


「……なんですか?」


「えーっと……暖房効きすぎるから、つける時は気をつけろよ」


頭に廃部の件がよぎったが、慌てて押し留める。

これは部長の俺の問題。

せっかく入部してくれた姫島に、迷惑をかける訳にはいかない。

目の前の傾げられた首は、納得を示すように縦に動いた。


「じゃあ私帰りますね」


「送ってくよ」


「──えっ!?」


「……なんだよ」


突然後ずさり俺から距離を取る姫島。

戦闘民族かよ……。これから戦いでも始めるつもりなの?


「い、いえ。少し意外だったので……」


顔は徐々に俯き始め、呟かれた言葉もすぐに姿を消した。


「──でも、今日は急いでいるのでお気持ちだけいただきます」


「……おう」


「また今度、お願いします」


「機会があればな」


「はい!」


姫島は俺の答えに満足したのか、笑顔を浮かべると校舎裏からやや足早に抜けていった。

なんか昼休みも似た別れ方だったような……。

これがデジャブか。


「結局あいつの好きなやつって誰なんだ?人生勝ち組だろ」


何気なく呟いたそれに答えるように、冷たい風が俺を襲う。

さすがにそんな中で長居しようとも思わない。

姫島が学校から出たことを確認すると、ポケットに手を入れて歩き出す。

家へと向かう速度は、無意識の内にどんどん速くなっていった。

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