第3話 文芸部の行方
会長が黙々と紅茶を飲み進める中、時計にちらりと視線を寄せる。
秒針は止まることを知らない。
故に、それより遅いペースで紅茶を楽しむ会長は時間に置いていかれていると言っても、過言では無いかもしれない。
……その場合は、俺もなんだけどね。
「あの、会長。そろそろ話を続けて貰えません?」
いくら話を変えようと思っていたとはいえ、このまま話が停滞を続けるのも困る。
もしかしたら自分の世界に入っているのかもしれない。
そんな危惧が、俺の言葉を慎重にする。
誰もが自分の世界を持っているのだ。
それを他人が壊していい理由などない。
しかし、その心配はいい方向に裏切られた。
キョトンした顔でこちらを見据えるや否や、自分の状況を理解したのか頬を赤く染める。
「ご、ごめんなさい。つい、夢中になっちゃって……。美味しかったわ、ありがとう」
「い、いや。こちらこそ、飲んでもらえて良かったです」
慌てた様子も一瞬だった。
その代わりに、突然向けられた笑顔と感謝の言葉に俺に焦りが生じる。
緊張と焦りは伝播しやすいというのは、本当らしい。
「じゃあ望み通り、話を戻すわね。……といってもわかってると思うけど。──まあ、実際そこまで暗い話ではないんだけどね」
「……え?」
困ったように笑う会長は、無意識に俺が流し始めていた重々しい空気を壊した。
自然と肩が、心が軽くなったのを感じる。
「君が勘づいてた廃部の件はこのままだとなくならない」
会長はこちらを気遣う様子はなく、淡々と事実を吐き捨てた。
──廃部。
部活動についてまわる概念。
うちの学校は、部員が五人未満の場合に適用されるという規則だ。
よって現状、俺と姫島だけしか部員のいない
「でも部員を見つければいいの。それも生徒総会──六月の半ば辺りまでに」
「生徒総会って……あのお昼寝タイム、ですか?」
「それを私に聞く勇気は買ってあげるわ。あと、それに答えたら負けた気がするから、黙秘権を行使します」
それって……もう、答えてるも同然なんだけど……。
頭に浮かんだ指摘を振り払う。
生徒総会は、委員会の活動内容や会計報告をする場である。
しかし、それに生徒が興味を示すことはなく、その結果我がクラスの国語の時間と同様に睡眠をとる者が多いのが現状だ。
生徒会もその事に関して言われると、耳が痛いのが今の会長の反応でわかる。
ちなみに俺は……。お昼寝タイムと密かに命名したのが、俺だということだけを伝えておこう。
黙秘大事!喋るのが全てじゃないよ!
「それでも……二ヶ月であと三人は、無理です」
期間があるというのは有難い話だった。
しかし、この四月の仮入部期間が終了したあと──いわゆる部活動ゴールデンタイムに部員が二人だけなのだ。
これから先、入ってくるやつなどそれこそ姫島目当てになってしまう。
……こういう所で、ボッチというのが負い目になるのはほんとに辛い。
まあ、慣れたけど。
廃部か、適当な奴らの入部か。
この二つを天秤にかけた時、俺が選ぶのは廃部なのだ。
「小さいとか、思われるかもしれないけど、俺は適当な奴らにこの部活に入って欲しくないんです。ちゃんと、分かり合える人が入ってきて欲しい。だから廃部でいいです。たとえ賢い選択じゃなかったとしても、それだけは譲れません」
強い意志を込めて、言葉を出し尽くした。
突然の饒舌な語りに驚いたのか、……もしくは呆れたのか目を大きく見開いている会長。
そしてやがて意識が戻ったように大きく頷いた。
「そういうの……素敵だと思うわ。ちゃんと信念を持つっていうのは、なかなか難しいと思うから」
頬を僅かに緩ませてくすっと笑うと、会長は一つ伸びをする。
反れた体に合わせて動く双丘に一瞬目を奪われるも、必死で視線を外した。
……誰とも比較はしません。みんな違ってみんないいんですから。はい。
「──決めたわ。部員はあと一人の追加で構わない。合計三人、どう?」
「い、いいんですか?規則と違いますけど……」
人数が減っただけとはいえ、かなり魅力的な提案だ。
それ故に逆に遠慮してしまい、生徒である俺が規則を盾にしようとしている。
……ん?別に、生徒はそれでもいいのか。
お昼寝タイムのくだりにより、生徒は規則を守らない存在として認識してしまっていた。
俺はちゃんと守ってるよ!
「いいのよ、生徒会長だし。それに紅茶いれてもらったり、──演説してもらったりもしたから」
「演説は、やめてください」
せめてもの抵抗にと、声を出すが、恥ずかしさが上回り、ヒソヒソ話の要領での呟きになってしまった。
当然、会長の耳に届いた様子はない。
「ああ、一応言っておくけど、私はこの部活に入れないから。生徒会長って色々縛られるの」
会長は肩を大袈裟に回しつつ、忙しさを主張する。
あとの一人は何としても、自力で探せということなのだろう。
特に期待をしていたわけではないため、ショックが大きくないが、普段は関わりのない生徒会長という存在には興味が出てきているのは確かだ。
「どんな仕事、なんですか?」
「とりあえず大変、かしらね。もしかして……私に興味があるの?」
こちらを試すような瞳が見据える。
飲み込まれては、いけない。
その目の奥を見つめないように気をつける。
「……生徒会長っていう概念についてです」
「……概念、か。正直めんどくさいわ。うんざりしてる。でも、色んな生徒と関わるっていうのは意外と面白い……って思った。──君みたいなね」
そう言い放つと、席から立ち上がった会長。
一瞬時計を見た姿に習って視線を送ると、会長が来てから二十分近く経っていた。
「じゃあ次の仕事があるから。一人だけなんだから、パパーッと見つけなさい」
意識しているのか、いないのか。
長い黒髪を無駄にかっこよく翻すと、悠然とした足取りで出口に向かう。
「──ってあれ?」
「……押しなんです。なんかごめんなさい」
「……ここの扉、修理対象に入れておくわ」
毅然と宣言をしたのはいいが、その歩調は即座に乱れ速度を増していく。
まさか退出の際にも引っかかるなんて。
去り際に、艶のある長い髪の隙間から覗く肌が赤くなっていたのは印象的だった。
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