第53話 親友の来訪
「──篠宮先輩」
「うわ、びっくりした……」
放課後。教室を出ていく生徒の波に紛れ、文芸部室に向かおうと教室を出た直後、背後からかけられた声に思わず肩をびくりと震わせた。
俺普段こういうの滅多にないことだから、突然やられると無理なんだけど。老後とか死因がびっくり箱でもおかしくない。
「えーっと……確か玉枝だったか?」
後ろを振り向き声をかけてきた人物を確認すると、姫島の親友でありこの前も陸上部の面々と部室を訪れた女子生徒であったことがわかった。
彼女は俺の問いかけに軽く首肯する。
俺が人の名前を覚えてるとかレア事象だな。
「何の用だ?」
「かぐやについて確認したいことがありまして……」
ゆっくりと言葉を紡ぐ玉枝。
……もしや恋人関係が偽物だとバレたのか?
それも、よりにもよってこいつに?
姫島の目的は確かグループ内での地位の確立。同じグループの玉枝に、恋人関係がそのためだけの偽物だと知られてしまえば元も子もない。
万事休すかと身構えていたのだが。
「──かぐや、先輩といる時にちゃんと笑ってますか?」
「…………は?」
予想外の質問に頭が追いつかない。ていうか何それ、美容外科のCMかよ。
しかし玉枝はふざけている様子ではなく、向けられる真剣な眼差しは俺を捉えて離さない。
「姫島は笑わないタイプの人間じゃないだろ。それは親友のお前が一番よくわかってるはずだが」
俺といる時といっても、先日の部室でこいつはいつも通りの姫島の姿を見ている。
俺の前でも態度が変わっているとか、そんな疑問を持つことはないだろう。
正直質問の意図がわからない。
「そういうことではないんです。素を出している……というか、変に取り繕ってはいないかというか……」
玉枝の説明がしどろもどろになっていく。
適切な表現が見つからないのがもどかしいのか、顔は俯いていて表情が伺えない。
「素を……?」
「はい。実は……話が長くなるかもしれないですけど、いいですか?」
申し訳なさを感じていそうな表情が張り付いた顔をあげた玉枝。
長話は好きではない。
ボッチである自分には無縁のこと。放課後、教室に残ってわざわざ中身のない話に花を咲かせる連中とは違う。
ただ、今回ばかりはそう言って切り捨てられるものではない。
仮にも今は姫島の彼氏という設定が、この学校という環境で俺に付与されている。
姫島に関係のありそうな話であることが、ほぼほぼ確定しているこの状況で断るなんて不自然もいいところだろう。
ここは黙って頷いておく。
「ありがとうございます。まず私がかぐやと知り合ったのは入学式の日でした」
そこからか……。
それにしても意外だ。親友というくらいだから、もっと前──それこそ中学生からの付き合いかと思っていた。
「私はあんまり友人関係に積極的な方ではないので、ミステリー小説を読んでいたんですけど、そこでかぐやに声をかけられました」
わかる。俺の入学式の日も周りが友達探しで明け暮れる中、一人で黙々とラノベを読んでいた。違うのは、俺の方は声などかけられていないくらいだ。
迷彩服なんて着てないのに景色に溶け込めるとかもうプロだろ。もはや生活がサバゲー。
……ではなく。
「すまん、全く話が見えてこないんだが」
長話は了承したが、疑問の解消に繋がらないこいつらの身の上話は無駄にしかならない。
すると玉枝はやや不満げに眉を吊り上げた。その目が語るにどうやら「これからそこに突入するから、口挟むんじゃねえ」とのことらしい。こいつは怒らせたら面倒なタイプ。どこかの女王と一緒。
「その時のかぐやはすごく楽しそうにミステリーについて語ってくれたんです」
「へー、姫島にそんな一面が」
道理で迷わず文芸部に入りたがるわけだ。
「知らなかったんですか? 彼氏さんなのに」
「……色々あるんだよ。それで? どうせ『ですが』って続くんだろ?」
玉枝は一瞬驚いた表情を見せるも、こくりと頷いた。
これぐらいは予想がつく。話しかけてきた際、玉枝は不安色を纏っていたのだから。
「藤本さんと橋見さんが仕切ってるグループと絡み出してから、その姿は、あの笑顔は見れなくなりました。どこか顔色を窺っている感じで……」
「それでさっきの質問か」
こくこくと口を閉じたまま頷いた玉枝。
ペルソナ、なんて言葉もあるからこんな感じの話をされても大仰なリアクションをするまでではなかった。にしてもあの姫島がか……。
誰でも友人関係にはある程度の問題は抱えているものらしい。俺はその限りではないけども。何しろいないからね!
「お前の言う笑顔かどうかは定かじゃないが、繕ってるところは見たことないな」
これは偽の彼氏としての答えではなく、俺としての答え。つまり真実だ。人間観察を生業としているボッチを舐めないでいただきたい。
「そうですか……。なら、よかったです」
「……お前はそれでいいのか?」
親友、なのだ。だからこそ、目ざとくもその事実に気づいてしまったとも言える。ともなれば素を隠されていい気はしないはずだ。
と思って問いを投げかけたのだが、当の本人ははっとしたあと柔和な、悪く言えば諦めとも取れる微笑みを浮かべた。
「かぐやがあの時の笑顔を封印していないっていう事実だけで、私は満足ですよ。それでは」
「……おう」
二年生の教室に臆することなく訪れたその一年生は淡々と踵をかえしていく。
先程までの姿に最初に一年B組の前で声をかけられた時やこの前部室に友達と共に訪れた時とは違う印象を受けてしまった。まるで後輩とは思えない。
俺はその進行方向とは反対側に、足を動かした。
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