第5話 静かな帰り道と賑やかな寄り道
「最近はSNSで問題が多発していて──」
あれから一週間が経った金曜日のホームルームの時間。
担任の教師がありがたい話をしている中、俺は机に突っ伏していた。
幸いなことに俺の席は一番後ろで、隣の席は空いている。
そのためチクられることはないし、バレることも滅多にない。
……もうずっとこの席がいい。
席替えしたくない。
午後の授業を乗り越えた手前、睡魔がこれでもかと言うほど俺の体に襲いかかる。
他の生徒も似た感じで、うとうと首を前後に動かしている者や、椅子の背もたれに体重を預けだらーんと脱力している者もいる。
……二つ目は流石にアウトだろ。
いや、俺が言えた義理じゃないけど。
そしてそんな俺──いや、俺達とは対照的に、神崎は姿勢を正して時折教師の話に相槌を打っている。
ていうか先生神崎に向かってしか、話してなくない?
諦めちゃったのかよ……。
だがこちらにとっては好都合。
大人しく睡眠を取らせて頂こう。
先程の睡魔に加え、部員のことで頭を悩ましていた俺の意識は、すぐにプツリとなくなった。
*
「……ん」
ゆっくりと瞳孔が開き、それに合わせて思考がクリアになっていく。
「──おはよ」
「……なにやってんの?」
鈴の音のような声が目の前から聞こえた。
そこには、俺と同じように机に突っ伏し、こちらに顔を向けた状態の神崎が居た。
浮かべられた微笑みは、起きたばかりの目に優しい。
「篠宮の寝顔を見てたの」
「何も面白くないと思うけど」
「そんなことないよ。意外と可愛い寝顔だった」
「……神崎には負けるよ」
未だに見つめてくる視線から、顔を逸らして体を起こす。
「随分ぐっすりだったね。もう五時になる手前だよ?」
「えっ!?」
そう言われ、慌てて教室前方にある時計に目を凝らす。
確かにその針は、言われた通り五時前を指している。
終業がだいたい三時半ぐらいだから、一時間は寝ていたことになる。
俺、学校で寝すぎ。
今度から枕持ってこなきゃ。
「起こしてくれても良かったのに」
「悪いかなと思って」
神崎は顔を机から離すと、窓を一瞥して続ける。
「でも、念の為急いで学校出た方がいいかも。早めに切り上げる部活動とかもあるから」
「そう……だな」
片やクラスのトップカーストである神崎と、片やボッチである俺。
そんな二人が一緒にいる所を見られてしまえば、騒ぎになるのは確定。
そこから何に発展するか予測がつかないため、俺たちは隠れて付き合っている。
もしかしたら姫島より、自分達の方が文春砲の餌食になるかもしれない。
何それ怖い。
そう考えると、今の状況──放課後の教室で二人きりもかなり危ないものになってくる。
軽く肩を解して、血を巡らせる。
そして机の脇に置いてあるカバンを引っ掴むと、ちらと神崎に視線を送る。
それはしっかりと受け止められたようで、穏やかな頷きが返ってきた。
それが裏門で合流という合図。
「それじゃ」
「うん」
普段は言葉など必要ない。
合図が終われば、競歩の選手並の速さで教室を後にする。
それでも二人きりというのもあり、今日はいつもより長めに神崎の顔を、目を眺めた。
それは夕日などなくとも輝いていて、一瞬というのがもったいないくらいだった。
*
裏門で合流した俺たちは、学校を出てすぐの住宅街を歩いている。
他生徒との鉢合わせを危惧していたが、それは杞憂に終わった。
思えばみんな暇じゃないもんね。
ちなみに、神崎の家も裏門方向のため遠回りさせている訳では無い。
特に会話することなく、似たような景色が繰り返される。
いつも一人でいるせいか、このような沈黙も決して苦ではない。
むしろ心地よい部類に入る。
逆に急に話しかけられたりすると、参っちゃう。
あれほんとに心臓に悪い。
意外なことに神崎もこんな雰囲気が嫌いじゃないらしく、ふと横目で顔を見ると満足気な表情を浮かべている。
「──そういえば。ちょっとコンビニ寄っていいか?」
ゆっくりと流れる時間の中、ふと妹に頼まれ事をされたのを思い出した。
提案する形で神崎の様子を伺う。
「いいけど……なんで?」
「夕飯の食材が足りないって妹が。裏門で神崎を待ってる時にラインが来た」
首を傾げる神崎に説明を終えると、その顔はパッと明るくなった。
それは道を弱々しく照らす街頭の灯りより、眩しく見えた。
「妹がいるの!?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「そんなの初耳よ!」
興奮気味に体は前屈みになり、声は弾んでいる。
「──決めた。私、今日篠宮の家にお邪魔します」
「突然なんだよ。ていうかなんでだよ」
「私ずっと妹が欲しかったの!だから疑似体験でも、させてもらおうかなって!」
幼い子供のようにはしゃぐ神崎。
その姿に思わずため息をつく。
こういう時、決断早いんだよなあ。
……俺の意見とか考えとかガン無視で。
ていうか疑似体験って何?うちの妹、VRみたいな扱いじゃん。
「流石にお母さんとか心配するだろ」
「──私が家に来るの嫌なの?」
俺が反対するのを読んでいたかのように、すぐに言葉を並べ上目遣いでこちらを見つめる神崎。
頬は僅かに赤く染まり、距離が近くなったからか息遣いがハッキリと聞こえる。
「……別に嫌じゃないけど」
「じゃあいいじゃん。──そうと決まれば早くコンビニ行こ!」
神崎は顔を明後日の方向に逸らす俺を置いて、駆け出す。
時折振り返るその顔には、いつもの穏やかな微笑とは違う、無邪気な笑顔があった。
ぐ……卑怯な。
あんな表情にこんな表情されちゃ、断るに断れない。
意見をガン無視とか言ったけど、何だかんだで押し切られてるのが俺だ。
もはやペイペイ並のセキリュティ。
「夕飯どうするんだよ」
先を歩く神崎に駆け足で追いつき、隣に並んだ。
「んー、迷惑じゃなかったら篠宮の家で済ませたいな。手伝いはするから」
「わかった。連絡しとく」
ポケットから携帯を取り出して、妹のチャットを開く。
一人分増えたところで、あいつなら問題ないだろ。
神崎も手伝うって言ってるし。
特に訳などは入力せずに、短く『夕飯一人分追加』と送信しラインを閉じる。
事務メールみたいになったけど、いつもと大差ないから大丈夫だろう。
「夕飯なんなの?」
「……確かカレー」
「──じゃあ篠宮の胃袋を掴む最初の料理は、カレーってわけだ」
得意げな顔が目に映る。
「随分と余裕があるな」
「私、料理には自信があるの!」
神崎は文字通り胸を張り、自信満々な様子でそう告げた。
──だから少し意地が悪いことを、言ってみたくなってしまう。
「手伝うってことは、妹のと混ざるってことだろ?神崎のやつはわかんないかもなー」
「む……すぐそういうこと言う」
自信に満ち溢れた表情は鳴りを潜め、むくれた顔で視線を正面に戻した神崎。
再び沈黙が俺達の間に流れる。
やっぱりこの時間も部活と同じくらい、いやそれ以上に好きだ。
……恥ずかしいから口には出さないけど。
*
俺達が入店したコンビニは特段広いという訳では無いが、何せこんな時間のためスペースをいつもより感じられる。
「そういえば何が足りないんだって?ルーとか?」
「ルーがないのにカレーにしようと思いつくほど、うちの妹は馬鹿じゃない」
「じゃあ何なの?」
「サラダ用の野菜だと。まあ、レタスとかトマトとかその辺でいいだろ」
一応カゴを通りすがりに手に取って迷いのない足取りで野菜コーナーに向かう。
昔は野菜なんて買えなかったのに……。時代は変わるもんだ。
神崎もそのチョイスには異論はないらしく、前屈みになりながらも黙って俺が目当てのものをカゴに入れているのを眺めている。
しかし何かが気になったのか、後方から細い腕が伸びてきた。
「ちょっと待って。そのレタスより、こっちのレタスの方が葉っぱに艶がある」
「……わかった」
指示に従って手元のレタスを棚に戻し、神崎の指さしたものと入れ替えた。
確かに言われてみれば、こちらの方がなんというか……みずみずしさがある気がする。
「よくそういうのわかるな」
「親が共働きだから、私が料理だけじゃなくて買い出しもしなくちゃいけなくって。そのおかげだと思う」
「なるほど……頼りになるな」
「──えっ、あっうん。……頑張ります」
驚いた様子を見せた後、やがて俯いてボソボソと何やら言葉を紡ぐ神崎。
一体何を頑張るというのか。
……もしかして、野菜ソムリエ目指すってこと?
疑問符が頭を埋め尽くす中、レジに向かった。
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