第27話 理解させられたこと
けたたましいコール音が生徒会室を満たす。
その発生源である、机の中央──俺と会長の間に置かれた俺の携帯を、会長は何かを思いついたような、もとい何かを企んでいるような表情を元に戻し、眺めている。
かくいう俺も、その動作を真似ているだけだ。
「──篠宮?何かあった?」
騒々しかった音は耳に馴染んだものに変わる。
「えーっと、具合はどうだ?」
「誰かさんのお節介で、すこぶる快調だけど?」
声からも元気が有り余っていることが伝わってくる。
きっと暇で暇で仕方なかったのだろう。
不安だったとはいえ、無理に休ませたのは失敗だっただろうか。
チクリと小さな針ほどの罪悪感が胸に刺さる。
「それで?電話なんて珍しいけど、どうしたの?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
「何よ、改まって──」
「こんにちは。神崎琴音さん」
俺と入れ替わるように神崎に勝るとも劣らない、鈴のような澄んだ声が電話口に向かって流れる。
「な……え、えーっと……もしかして波盾会長ですか?」
「よくわかったわね。初めまして……でいいのかしら?神崎さん」
「そう……ですね。初めまして……です」
二人のやりとりに少し驚きが生まれる。
確かに学年も、部活も被っていない二人だが、人気者同士、どこかで知り合っているだろうと勝手に思い込んでいた。
それにしても、神崎急に歯切れ悪くなったな。
そう思っていた途端だった。
「……その!か、会長と篠宮はどうして一緒にいるんですか?」
突然の質問に会長はこちらに視線を移す。
差し詰めどう答えるのかの確認だろう。
神崎には昨日、協力者について話したため隠す必要はない。
迷いなくゴーサイン──頷きを返した。
「それは秘密よ」
「え、なんで──」
「……ひ、秘密の関係ってことですか?」
「ち、違う、昨日言った当てが会長だ。ていうか会長はなんでわざわざ隠そうとしたんですか……」
「言わない方がいいのかと思って……だいたい今さっき目で聞いたじゃない。隠した方がいいのかって」
「まさかの逆……」
衝撃の事実に頭を抱えるが、よくよく考えたら俺の説明があからさまに足りていなかった。
……ニアピン賞ということで、綺麗さっぱり忘れよう。
「まあ、そういうことだ。納得したか?」
「一応、したけど……。それにしては仲が良くない?」
「いや、それはない──」
「そっちもクラスメイトにしては、仲がいいわね?」
訝しげな視線がこちらを捉える。
「そ、それもないですから!それよりも会長、早く質問してください」
二人同時に対応するのは、精神的にも体力的にもきつく、続きを会長に押し付ける。
するとまるでスイッチが入ったかのように、会長の雰囲気が変化した。
「そうね。──神崎さん、ここ最近で何かなかったかしら?
「え、現実……ですか?」
神崎が戸惑うのも無理はない。
今問題となっているのは、ネット上のもの。
それとは対照的なものを出されれば、誰だってそうなる。
かくいう俺もまた、控えめに首をかしげていた。
「そう。例えば──告白されて、それを振ったとか」
「……は!?」
思わず勢いよく立ち上がった俺を、じとりと会長が軽く睨む。
一つ咳払いをした後、大人しくソファに再び体を預けた。
神崎ほどの女子生徒と告白は切っても切り離せない関係だ。
実際何度も告白を受けたことは聞いているが、正直慣れない。
その度に心が焦り出すのだから。
「どうかしら?神崎さん」
「……どうして知ってるんですか?」
神崎は質問に、答えを刷り込んだ質問で返した。
その声は警戒の色を含んでいる。
「突然発生した問題は、ほとんどが男女の機微からによるものが多いわ。だから別に知っていた訳では無いの」
「それ、初めて聞いたんですけど」
「色々経験してたら、わかる事よ」
そう淡々と語る会長に笑みはない。
これ以上掘り下げると、何かが壊れてしまう気がしたため頷きだけを返す。
「神崎、告白されたことは事実でいいんだよな?」
「……うん。で、でも──」
「わかってる。とりあえず今は……その先のことだ」
「その通り。よくわかってるじゃない。相変わらず、察しがいいのね」
「……どうも」
突然微笑みかけてきた会長から視線を外す。
この人が言うと皮肉に聞こえてしまう。
この状況で犯人はほとんど確定していると言えるだろう。
先程会長が口にしたことが現実になりつつあることに驚くしかない。
会長が協力者になってくれてよかった。
……だけど、敵には絶対したくない。
何されるかわかったもんじゃないからね!
「誰に告白されたのかしら?」
この問題の核心に迫るような問いかけに、体に緊張が走った。
ひたすらに黙り込んで、神崎の答えを待つ。
「……佐々木翔太先輩です。サッカー部の」
「誰?聞いたことないんだけど……」
「サッカー部の準レギュラーよ。ありがとう、神崎さん。あとはこちらでやるから」
俺のつぶやきに答えた後、ソファから立ち上がった会長。
それを機に携帯のスピーカーモードを切り替え、小声で神崎との会話を続ける。
「そういうことだ。もう少しで解決出来るから、待っててくれ」
「──私、犯人探しは頼んでないけど?」
「……お見通しか」
ほんと、会長といい
もう、安い包丁にだったら勝てるんじゃね?
殺傷能力がないのが、唯一の救いである。
俺が手伝わせてもらっているのは、あくまでも誤解を解くこと。
神崎の今の指摘は間違っていない。
だが、神崎は知らない。
頭がどれだけ良くても、ずっとトップカーストに位置していた彼女にはわからないのだ。
人間関係は拗れた時が一番面倒で厄介ということを。
「知っといて損は無いだろ。仮にお前が聖女みたいな優しさを見せる気でも。……それじゃあ、切るぞ」
「待って!……あとで私から電話してもいい?」
「……夜でいいなら」
「ん、わかった。……色々ありがとね」
プツリと音声が切れた。耳の奥にはまだ神崎の声が残っている。
「ほら、名簿よ。確認してみなさい」
「仕事が早いですね。佐々木、佐々木……ってこいつ……!」
ページを繰る手を止める。
思わず目を見開き二度見をした。
それでも視界に映るものは変わらない。
「どこかで会ったりしたことがあったの?」
「……ただイケメンだな、と」
嘘ではない。
きっとこの写真をみた大方の人も今のと同じ感想を抱くだろう。
しかし俺はそんなことよりも、驚きが上回った。
──彼が間違いなく、少し前に姫島に告白していたやつだったから。
身につけていたジャージの色は一年生であることを示す赤色だったが、その特徴的な顔は、忘れられるはずもなく記憶の中のそれと合致している。
「そうかしら?……まあ、仮にそうだとしても私は彼が苦手だけどね」
「なんでですか?……もしかして会長も告白を?」
「声をかけられたことがあるだけよ。あの顔の良さを鼻にかけているようなのが無理で避けてたから」
目の前で苦笑いが浮かぶ。
とりあえず、今の話でわかったことが一つだけ。
あのイケメン、クズ野郎だ。
爽より爽やかとか言ってた自分を池に沈めたい。
「そういうことなら、俺が話を聞いた方がいいですね。会長みたいな女子が行くとさらにややこしくなりそうですし」
「その方がいいと思うけど……大丈夫?」
こちらを見つめるその目には、言葉には様々なものが入り混じっている気がした。
しかしそれらを全て探ることなどしない。
「話を聞くだけですから」
「……そうね。でもどうやって接触するの?
彼、男子生徒──それも一つ年下の相手をするとは思えないけど」
「それに関しても大丈夫です。一応……策はあります」
俺の意味深な言葉に、さらに不思議がるように会長はこちらを見つめ、首を傾げる。
きっとこれはいくら鋭くて察しのいい会長でも、たどり着くことは出来ないはずだ。
──そしてこんなことを思い付き、実行しようとしている俺もクズ野郎だ。
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