第40話 慣れない休日の過ごし方 前編

ほとんどの人にとって休日である日曜日の午前十時過ぎ。

俺は姫島との約束を果たすため、待ち合わせ場所である駅前の噴水広場に立っていた。

ちなみにこの噴水広場は、以前神崎との待ち合わせに使った場所とは反対口に位置している。

というのも、今回俺達が用のある本屋や姫島ご要望のマックが位置しているのがこちら側であるためだ。


ふと携帯から顔をあげると、皆考えることは同じなのか、待ち合わせのために来ているであろう人が多く見受けられる。

そしてその大半が、待ち人来たらずといった様子で、感情を足の小刻みにコンクリートを叩く動きなどによって発露させている。


「……まあ、かく言う俺もその待ち人来たらずな一人なんだけど」


携帯の画面に表示された現在時刻に視線を落とし独りごちる。

二人で決めた待ち合わせ時間は十時ジャスト。

故に既に十分程過ぎていることになり、それに加え連絡もなし。

こんな時どういった行動をとるのが正解か知る由もない俺が、途方に暮れていたそんな時。


「せ、先輩……! お待たせ……しました」


ようやく来た姫島が息を整えながら、声を絞り出した。

その顔は普段よりも赤く、息もあがっていたことから走ってきたことが明らかだ。


「待った。結構待った」


「……む。そこはもう少し気を使うところですよ。まあ、私が悪いのでなにも言えませんが……」


姫島の視線が少しあがり、俺の顔をじっと睨みつける……が、やがて力なくふっと視線を外した。いや、正確には外れた。

姫島もこの状況では負い目を感じているらしい。

その証拠に目の前で俯く姫島からは『私落ち込んでますオーラ』が滲み出てる。

……俺が服屋の店員だったら、絶対感知してない。


「……連絡ぐらいはしろ。相手の状況がわからない状況が一番めんどい」


「は、はい。……気をつけます」


「それよりも、だ。これからどうする?」


「うーん……ちょっと早いですけど、マックに行きましょう。本屋は午後でお願いします」


「了解」


軽く方針を聞き、身を翻す。

行ったことがない訳では無いため、ここからマックへの道はわかる。

姫島が望んだ昼食場所だが、俺が先導する形でも構わないだろう。


「ちょ、ま、待ってください!」


迷いない足取りで歩き出そうとした次の瞬間、背中を硬い感触が襲った。

背後に振り返るとミニバッグの肩紐を握った姫島が顔を赤らめていた。

その姿は、まるで何かに耐えられないと言わんばかりだ。


「……どうした? トイレか?」


「ち、違います。……遅れた訳は聞かないんですか?」


「その言い方だと、聞いて欲しいみたいに聞こえるぞ」


「…………この格好、どうですか?」


小さく紡がれたその言葉に導かれ、姫島の全体像に目を通す。

姫島の性格を表に出したような、薄い色でのコーディネート。

さっきまで意識の外にあったものの、いざ目に入ると控えめながらも、確かな主張が魅力的に映る。


「遅れるだけあって、似合ってるな」


「……一言余計です」


スタスタと横を通り過ぎた姫島を追う形で、俺は噴水広場を後にした。



マックに着いた俺達は、姫島の希望もあり二階席に腰を下ろした。

昼食には早い時間ではあるものの、ゆっくり食べればいいとの結論により、目の前の机には二人分の食事が並んでいる。

……この全てが俺持ちであることを忘れてはならない。

俺から言い出したから別にいいんだけどね。


「では先輩。いただきますね」


首の動きだけで応じ、俺もポテトを口に運び始める。

二階席には、パソコンを操作する人──いわゆる意識高い系が多く、カタカタと無機質な音がオシャレな音楽とセッションしている。

これで全世界に展開しているジャンクフード店の様子なのだから、痛み入る。

こういうの、スタバの専売特許じゃなかったの?


「どうしたんですか? そんな周りを気にして」


「みんな仕事してるのか、それとも仕事してる風なのか見極めようと思ってな」


「相変わらず、性格に難ありですね」


「冗談だよ……」


俺を襲うジト目から逃げるように、ドリンクを口に運ぶ。


「それにしても、姫島みたいな女子やつがこういうのを好きとは意外だった」


てっきり『私、上品なので』といったスタンスでこういったジャンクフードには手を出さないと思っていた。

今では砕けたそんな予想を、さらに粉々に、跡形もなくするように姫島は小さな口でハンバーガーに噛み付いた。

食べ方は食べ物に似合わず綺麗で、食べかす一つ口に付いていない。


「偏見はダメですよ。好みは人それぞれなんですから」


「意外だっただけだ。でもまあ、安上がりでこっちは助かってるよ」


ファーストフード店の価格設定は、基本的に良心的。

まさに今回の食事は姫島にとっても、俺──ひいては俺の財布にとっても良い選択。つまりウィンウィンと言えるだろう。

しかし目の前の姫島は不満げだ。


「そ、それは気を使ってあげたんです! 普段はもっとこう……先輩の手が届かないようなところで食べてるんですから!」


「ほう……例えば?」


「………………秘密です」


必死さが伺える顔に視線を注ぎ、答えを促そうとするものの、今度は姫島がドリンクに助けを求めた。

はい、マックの常連確定。

色々と筒抜けな姫島の言動と様子に呆れながらも、食事を続ける。

普段より少なめの昼食にも関わらず、成長期真っ只中の腹は満たされていた。

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