第48話 掘り出し物
空気が固まっていることに気づいているのかいないのか。
たじろぐことなく、神崎は席にカバンを置いた。
その顔には、まるで貼り付けられたように笑顔が崩れることなく浮かんでいる。
接待用なのだろうが、普段の姿を知っている俺にとっては、考えが全く読み取れないので少々怖い。
それに合わせて藤本は姫島に身を寄せた。
「え、もしかして……神崎先輩も文芸部なの?」
「……うん。まあ、歴は一番浅いけどね」
そう答える姫島も神崎が来るとは思っていなかったのか、驚きが表情に滲み出ている。
「紅茶いれるけど、飲むかな?」
「あ、はい。いただきます……」
「……私も手伝います」
神崎のあとを追って、姫島もティーセットが入った戸棚に向かう。
それを見送りつつ、一年生三人は向かい側に並んで腰を下ろした。
玉枝は表情に大きな動きが見られないが、他の二人はやや固まり気味で緊張しているのが見て取れる。
そして何か思い立ったのか、藤本が身を乗り出してきた。
「し、篠宮先輩。文芸部やばくないですか?」
先程まで警戒の色を見せていたはずなのに、躊躇いもなく俺に話しかけてくるあたり、相当興奮しているようだ。
「やばい……? どういうことだ?」
「だって……一年の姫と呼ばれる姫島かぐやと二年の女王である神崎琴音が同じ部屋に集まるんですよ!? こんな凄いことはないですよ!」
二人が気づかないような藤本の声音での説明に、橋見も機敏に頷く。
そんな中、思考が徐々に侵食されていき、ついには口元に笑みが浮かんだ。
何とか声を上げての大笑いは我慢したものの、その衝撃は大きいものだった。
まさか神崎が『女王』なんて呼ばれていたなんて。
そんな大層な二つ名、一体何をどうしたら頂けるのやら。
「──それは一部が勝手に呼んでるだけです。あと篠宮。これ以上笑ったら、追い出すから」
「……はい」
紙コップに入れられた紅茶をサーブすると同時に発せられた冷えた声に反射的に口を噤む。
といっても俺にしかわからないぐらいの変化のため、部屋の空気が凍ることはなかった。
今、理由の一つを垣間見た気がする。
というかどんな奴らなんだ……一部。
「ごめんね、お茶請けは切らしちゃってたみたい」
「い、いえ、こっちが突然来ただけなので気にしないでください!」
「そう言ってくれると気が楽だよ。ありがとう」
屈託のない笑顔を浮かべる神崎は、そのまま席に落ち着き紅茶を含み始めた。
その様子に釘付けになっている者がいるとも知らなそうに。
こうして他の生徒から神崎に対しての反応を見ていると、改めて彼女の立ち位置を理解させられる。
……なんか既に手なずけてるみたいで、『女王』という呼び名が俺の中でも定着しそう。
気に入ってないっぽいから、呼ばないけど。
「──折角だし、ボードゲームでもする?」
ティータイムを始めて、それなりに時間が経った時。
神崎の澄んだ声が、訪れつつあった静寂を打ち消した。
……というか君たち緊張し過ぎ。
会話ゼロとか、意外すぎて逆に驚いたわ。
「……は? ボードゲーム? そんなのないだろ」
「篠宮は知らないんだ。えーっとね……」
神崎は再び戸棚の方に歩き出す。
そして下の扉を開け、奥に顔を覗き込ませた。
ここは文芸部室であり、本以外のものがあることは仮にも部長である俺も聞いたことがないのだが……。
「はい、これ」
神崎によって机に置かれた箱に視線が集まり出す。
それはどこからどう見ても、ボードゲームのものであり納得せざるを得ない。
「これが……今のところに?」
「卒業した先輩達が買ったやつじゃないかな? それも結構最近の」
「……一応、あることは私も知ってました。わざわざ指摘することでもないと思って何も言いませんでしたけど」
「まじかよ。置きっぱなしになったってことか……」
恐らくだが、買って遊んでいたはいいものの、部員が少なくなっていったことで使わなくなり戸棚の奥に閉まっていた結果、忘れ去られたのだろう。
……なんか恨みとか詰まってそうだな。
こういうのはちゃんと自分たちで処理して!
「それで、どうかな?人数もいるからそれなりに楽しめると思うよ?」
「で、出来るなら私たちも参加したいんですけど……そろそろ時間が限界なんですよね」
神崎の誘いに名残惜しそうな表情を浮かべ、時計を忌々しく指さす藤本。
その左右を見れば、橋見も玉枝も荷物を既にまとめている。
「あ、三人は全員陸上部なんです」
「……なるほど。お前、ボッチじゃん」
「違いますから。それと先輩に言われたくない──」
「かぐやに何度も一緒にしようって言ったんですけどねー。文芸部がいいって聞かなくてー」
「ちょ、ちょっと! 亜紀!」
「へー……まあ、走るより本読む方が楽だもんな。俺もその二択だったら文芸部だぞ」
「その捉え方されるのも……なんか複雑」
姫島の表情がコロコロ移り変わる。
少し忙しないが、これくらいが姫島には合ってるだろう。
「……ってもうこんな時間! 神崎先輩、紅茶美味しかったです!」
時計を再確認した一年生達は、陸上部であることを示すような速さでこの部屋を後にした。
それによりこの場に残ったのは、俺と神崎と姫島。
そして──。
「……やって片付けるか?」
俺の問いかけに彼女らは机の中央の箱を見据えつつ、首肯した。
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