第15話 初めての生徒会室

曇り空の下、欠伸を噛みしめながらカバンを肩にかけ直す。

朝起きてリビングに下りてきた時。

朝ごはんとともに、先に帰った旨を伝える書き置きがあったことには驚いたが、特に遅れることもなく登校出来ている。


少しだけ、一緒に登校出来るかもなんて淡い期待もあったが、そこまで甘くはないらしい。


いつも通りの通学路を、いつも通り一人で歩いていく。

やがて住宅街を抜けると、ちらほらと俺と同じ制服を着た生徒が見え始める。

休み前だからなのか、どこかそわそわしている生徒やつが多い。

恐らく頭の中はやること、やりたいことで埋め尽くされているのだろう。


全く、いいご身分だな。

俺を見習って勉強しろ、勉強。

……まあ、そういう俺も下心からだから強くは言えないけど。

ご褒美、超楽しみ。


とはいえ、確かにせっかくの休みだ。

いくら学生とはいえ、勉強にばかり縛られるのも億劫なものだろう。

それでも神崎が居ない以上、やることは限られてくるのだが……。


「──私、休みのほとんどがバイトー」


「私も。でもお金は大事だからねー」


間延びした声が耳に届いた。

いつもはこのような会話、聞こえても聞こえなかったことにするのだが、今は別。

ちょうど休みのことが頭にあったため、聞き入れてしまった。

ちょっと生々しい話だったから、より印象に残るぞこれ。


でもそうか……バイトがあったか。

ふむふむと内心で首を縦に振る。

俺達の高校は一応進学校の部類に入っているが、基本的に校則が緩く、バイトはおろか髪の毛すら問題なく染めることだって出来る。

……まあ限度はあるが。

とりあえず、自称じゃなくてよかった!


彼女たちの話に乗っかる訳では無いが、確かに高校生ともなればお金は必要だし、あっても困ることはないだろう。


……方針は決まったか。

少し歩調を速め、お礼の意を込めながら前を歩く二人組の女子生徒を追い抜いた。



世間が休み前でも休みでも、運動部はご苦労なことに休むことなく、放課後に活動している。

ペラペラと薄い紙を握りつつ、窓から覗くグラウンドを横目に廊下を歩く。


どうやらバイトをするためには、申請書とやらを生徒会室に提出しなければならないらしい。

といってもそれは名ばかりで、実際は名前とクラスを書くだけのものだったが。


「……失礼します」


「あら? ……どこぞの部長さんじゃない」


入室して早々、穏やかな微笑みと共に俺を迎えたのは、三年生の波盾すみれだった。


「……二ヶ月後には、そうやって呼べないかもしれないですよ?」


「随分と弱気じゃない。……てっきりいいお知らせが聞けると思ってたんだけど」


口元に微笑みを浮かべながら、会長はこちらに歩みを進める。

……悪かったですね。部員一人も、見つけられなくて。


「ちょっとバイトのやつを出しに」


「バイト?……ああ、それね。受け取るわ」


俺の言葉に一瞬首を傾げる会長だったが、俺の手元の紙を見て納得したように首を上下させる。


紙を渡しつつ、辺りをぐるっと見回す。

広さは教室よりはないが、一つの部屋と見た場合は広い部類だろう。

隅には接待スペースなのかソファと机が並び、壁には本棚のようなものが配置されていて、資料がたくさん所狭しと並んでいる。


「……会長一人ですか?」


「……みんな仕事を持ち帰っちゃうから、机は私のだけでいいの」


俺の視線の動きに気づいていたのか、俺の問いかけの先の部分にまで答えてくれた。

こういう所は察しがいいんだよな。


「それより、これからバイトをするの?」


会長は紙を見つめながら、呆れ混じりにそう呟く。

まるで信じられないと言わんばかりに。


「そうですけど、何かやばいですか……?」


その表情と言葉にどこからともなく不安が生じる。

しかしそれが言葉の端々に含まれたからか、会長は否定するように首をゆっくりと横に振る。


「いや、そういう訳じゃないわ。……ただ、意外だと思って」


「……意外?」


「──君、休みの日とかほとんど家で過ごしてるでしょ?」


くすっと笑った会長は手元の紙からこちらに視線を移す。

その目はまるで全てを見透かしている気がした。

それが少し恥ずかしくて、対照的に目を逸らす。


「引きこもりみたいに言うの、やめてください。せめてインドアとか、もっと言い方あるでしょ」


せめてもの抵抗にと、屁理屈を垂らすが自分でも照れ隠しにしか聞こえない。

それが余計恥ずかしい。


「だからゴールデンウィーク直前に申請書これを君から受け取ることになるとは思ってなかったの」


そんな俺の前で会長は予想通りなのが嬉しかったのか、やや得意げな表情を浮かべ、それをひらひらと宙で踊らせた。


「まあ、何はともあれ生徒会長としてこれは受諾しました。明日──なんなら今日から働いて貰っても構わないわ」


「随分緩いですね……まあ、わかってましたけど」


昼休みに担任の先生にバイトの話を持ちかけた時に申請書の話を伺ったが、思った以上に軽い調子だった。

あくまで形を大事にしたいのだろう。

……それか単に生徒会に押し付けてるだけか。


「働き先は決まってるの?」


「いや、これから探します」


「じゃあ君の部活の後輩──姫島さんにでも聞いてみるといいわ。彼女、春休みから働いているらしいから」


「え、そうなんですか? ……というかどうしてそれを?」


前回文芸部の部室に来た際には、姫島の存在すら把握していたのか怪しかったのだが。

会長は俺の問いかけに答えるように、悠然とした足取りで歩き出す。


「調べて、まとめたの。──これ」


本棚のようなものから資料のようなものを取り出すとこちらに渡してくる。

『読め』と言わんばかりの視線に後押しされ、それの特に題名など、何も書かれていない表紙をめくる。


「何ですか……これ」


「それは部活動に入っていない生徒、兼部が可能な部活に所属している生徒を中心に集めたものよ。……まあ、いくら生徒会とはいえ扱える個人情報には限界があるけど」


次々とページをめくっていく。

どのページにも、履歴書のような形で顔写真とクラスなどの簡単な情報がまとめられた資料が丁寧にファイリングされていた。


「私が自主的に作ったもので、生徒会には一切関わりがないから持って帰って大丈夫よ」


会長は今もページをめくる手を止めない俺に淡々と告げると、踵を返して部屋の中心に佇む机に向かった。


「ありがとうござ……い……ます」


「ええ、活用して貰えると嬉しいわ……ってどうしたの?」


こちらを心配するように、首を傾げる会長。

それもそのはず、手元のファイルを閉じた俺は固まったかのように動きを見せないのだから。

きっと口もあんぐりと開いたままだろう。


「め、メガネ……するんですね」


俺の視線の先にはもちろん会長がいて、その顔にはシャープな形のメガネがかけられている。

ただでさえ顔が整っているのに加え、成績が優秀。

似合わないはずがない。


「ブルーライトカットよ。……何か、変かしら?」


「いや、全然。むしろ似合いすぎてて怖いです」


「褒め言葉で……いいのよね?」


会長はふっと小さな笑いを口に作ると、視線をパソコンの画面に向ける。

その目付きは真剣そのもので、その仕事に対する姿勢は噂通りの生徒会長ぶりだった。

下手すればいつまでも眺めていられそうだったが、不意にこちらに視線が移される。


「ほら、早く部活に戻りなさい。……廃部にするわよ」


「……それは困るので、大人しく戻ります。……ありがとうございました」


会長に背を向けて出口に向かう。

その途中、自惚れながらも会長の視線が背中に注がれていると感じた。

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