外伝・初顔合わせ(13)〜おや、天ノ宮のようすが……?〜

 一息ついた姫美依菜は土俵へ戻ると、再び西の仕切り線の前に立った。

 天ノ宮は既に東の仕切り線前に力強く立っている。

──今度は立ち合いで負けないように……。

 そう念じながら腰を下ろすと、前傾姿勢になり、片手を下ろす。

 銀髪の姫君も腰を下ろし、彼女を見ながら片手を下ろす。

 お互い、手をいつ下ろすか見計り合う。

 少しの逡巡の後、姫美依菜は残りの手を付けた。

 そしてそれを見計らい、天ノ宮も残る手を付け──。

 お互い、立ち合った。

 先に天ノ宮が立ち、突進する。

 しかし。

 彼女の立ち合いのタイミングを読んでいた姫美依菜は、その後の先、あとに立ち合った自分が有利になるようなタイミングで立ち合い、突進した。

 その立ち合いは姫美依菜にとって最高とも言える完璧な立ち合いだった。頭から、天ノ宮の胸から腹にかけての位置にぶちかます。

 あまりにも最良のタイミングだったため、天ノ宮はえ、と目を見開いた。そして慌てて姫美依菜の背中を叩く《はたく》が、これが逆効果だった。

 叩くと同時に体を引いてしまい、より一層、自分の体を後退させることになってしまう。その結果──。

 天ノ宮は姫美依菜のぶちかましにあっという間に押され、土俵際へと押し込まれる。

 なんとかこらえようとするも、姫美依菜の強烈な押しには通じず、あっという間に土俵を割ってしまった。

 さらに勢いよく押された天ノ宮は、稽古場に木製の壁に激しく打ち付けられた。

 どんっ、と、快音が一つ部屋中に響き渡った。

 姫美依菜と天ノ宮は壁にぶつかり、そのままもつれ合ったまま静止した。

 数秒、二人はそのままだったが、やがて姫美依菜が起き上がると、少し心配そうな表情で、

「大丈夫ですか?」

 と天ノ宮の手を持ちながら起き上がる。

 体を起こしながら彼女の心情を見やった様子で、とくに痛んだ様子もなく天ノ宮は、

「大丈夫よ。あなたの立ち合い、今まで覚えている中で最高の立ち合いをした相手だったわ」

 と冗談交じりに笑った。

 特にダメージもないか、とほっとため息を吐いた姫美依菜は、

「これで三勝一敗ですね。次も負けませんよ」

「あら、今度はわたくしが勝ちますわ。見てなさい」

 そう天ノ宮と笑い合うと彼女の手を離し、再び土俵の左右へと分かれるのであった。


                    *


「なんか姫様のほうが分が悪い気がするんですけど?」

 天ノ宮部屋の揚座敷で天ノ宮と姫美依菜の三番稽古を見ていた、部屋所属の幕下以下女力士の一人が、少し不安げな表情で島村親方のそばに寄るとそう質問した。

「そうねえー」黒髪でボブカットの島村親方は、そののんきな表情を崩さずに応える。「今の三番稽古はー、共通・個有魔法なし、異能なし、電脳などなしの、素の相撲だからー、そういうのなしでは、あの姫美依菜関のほうが総合的な相撲力では上なんでしょうねー」

「それについてはボクも同意見です」凜花も冷静な表情を崩さずに親方の言葉を継ぐ。「それらの要素が付加された本割(実戦)では姫様のほうが有利だと思いますが、『次の稽古』ではどうなるか見てみたいですね」

 そう言いながら凜花と島村親方、周りにいる女弟子たちは土俵の方へと目を向ける。

 土俵上では既に、天ノ宮と姫美依菜が腰を下ろしていた。


 土俵の左右へと戻ると、二人は大きく深呼吸をした。

 それから天ノ宮は一つ廻しを叩くと、軽くジャンプをした。

 白い組衣に覆われている大きな二つの丸いものが、縦にたわみ、揺れた。

 彼女の動きに姫美依菜は一瞬見とれたが、

──いけないいけない。油断するところだった。

 と軽く左右に首を振ると、両手で顔の頬を叩き、一つうん、と強い息を吐いてその勢いのまま腰を下ろす。

──現状勝ち越しているのはいいことね。でも油断していると天ノ宮先輩に足元を掬われるかも……。

 思うと目を鋭くし、気を引き締める。

 そうする間にも天ノ宮は既に腰を下ろし、両手を土俵に下ろしている。

──さっきに負けないほどの立ち合いを……。

 念じながら片手を下ろし、すぐさま残る片手を土俵につけた。

 なにかに弾かれるように、両者ほぼ同時に立ち合った。

──ノコッタ!

 姫美依菜の立ち合いは先程と同じぐらい良い立ち合いであったが、天ノ宮のそれも彼女に負けないほどの立ち合いであった。

 結果両者の頭と頭がぶつかり合い、その激突の力の方向性を変えるように二人は体を起こす。姫美依菜は組んでも良かったが、それでは仮想二代華としての役割が果たせないと思い、突きを選択した。相手の胸と首の間のあたりを突き、天ノ宮の体を離そうとする。

 彼女の突きを見た天ノ宮も反射的に突いてきた。その突きに同じく本能的に姫美依菜は残る手で交差するように突き出し、彼女の突きを邪魔しつつ、自分は先程と同じ場所を突く。

 天ノ宮の足が後退する。

──よし、このまま!

 姫美依菜は回転よく突っ張りを連続させた。天ノ宮はその突きにたまらず後退していく。しかし天ノ宮も教則通り左右に土俵を大きく使い動き回って、土俵を割らまいとする。

──さすが全秋津洲中学生女相撲選手権の覇者ね。教則通り、か。

 姫美依菜は足をうまく運び彼女の動きについて行く。同時に突っ張りを休まず食らわせる。天ノ宮も突っ張りで反撃するが、姫美依菜のうまい腕の使い方により手が彼女の胸に届かず、姫美依菜に力が伝わらない。

 天ノ宮はあっという間に土俵際に追い込まれた。その時。

 彼女は何かを考えたのか、突然、姫美依菜の懐へと飛び込んできた。

 しかしそれは丁度姫美依菜が一つの突きを終えた直後であった。両の腕は引かれていたのだ。

──!

 姫美依菜は即座に反応した。片方の腕で相手の喉を突く。喉輪だ。

 天ノ宮の体が起き上がり、ズルズルと後退する。息もできない様子で天ノ宮の体が反り返る。姫美依菜はその勢いのまま天ノ宮の体を土俵外へと押し出した。

 ダメ押しのように腰を一つ落とすと姫美依菜は立ち上がり、天ノ宮を心配そうな表情で見つめた。

「あの、怪我とかしてません?」

「ううん、大丈夫よ。それより次の一番を取りましょう。負けっぱなしじゃ、まずいものね」

 そう言って笑い返す天ノ宮だったが、姫美依菜には彼女の笑顔に何か暗い影が混じっているように見えたのを見逃さなかった。


                                  (続く)

 

 

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