外伝・初顔合わせ(18)〜キレるのは(心が)幼い証拠〜

 これまでのあらすじ


 秋津洲皇国の皇都新京にて開かれている女子大相撲本場所での取り組みの後、十両一両目女力士天ノ宮は対戦相手の姫美依菜を自らの宮殿艦兼部屋に招待し、優勝に障害となると予想されている同じく一両目女力士の二代華を想定した稽古を取っていた。

 しかし負けが込んでしまい、切れた天ノ宮は姫美依菜と喧嘩相撲をしてしまい、双方ノックアウトで気絶してしまう。目覚めた二人に、突如として怒声が響き渡り──!?



「コラーーーーーーーーーっ!! 天ノ宮ーーーーーーーーーーーっ!!!!」


 突如として女性の怒声が、稽古場中に響き渡った。

 姫美依菜も、天ノ宮も、その場にいた女力士達や親方など誰もがそちらの方を向く。

 上がり畳の奥、炊事場などに続く入り口の前に腕を組んで仁王立ちしている、ボブカットの偉丈夫、とも言うべき力士とは少し柄の違う浴衣を着た女性がそこにいた。

「み、御笠親方……」

 天ノ宮が震える声で彼女の名を言った。

 御笠親方。元は天ノ宮が所属していた月詠部屋の部屋付き親方で、親方である元女横綱月詠の太刀持ちをしていた経験を持つ元女力士だ。彼女は天ノ宮部屋ができるときに月詠親方の丁寧な依頼──実質的な命令だ──により、多くの女力士とともにこの部屋に移り、名義上の部屋の持ち主として、部屋の管理、天ノ宮を含めた女力士の指導・教育などを行っている。

 そんな彼女が、真っ赤な顔をしながらずん、ずん、と音を立てながら天ノ宮の方へと近寄り、そして天ノ宮のそばで立ち止まると、

「お前なぁ、自分の方からアンマとして姫美依菜関を読んでおきながらなんて扱いをするんだお前はぁ!? これじゃ喧嘩と変わらんだろぉ!?」

「……」

 御笠親方の怒声に、天ノ宮はうつむいてしまった。

 姫美依菜は彼女の様子を見て、口を閉ざしてしまった。

「それにしばらく相撲を見ていたが情けない相撲ばかり取ってんなぁお前!? お前、相手に弱点見抜かれてんぞ!? こんなんじゃ二代華どころか他の力士にも勝てんぞこらぁ! なんであんな相撲をしたぁ!?」

 そこで御笠親方は銀髪の乙女力士を睨んだ。

 長い銀髪がサラリと揺れた。

 しばらく何も音はなかった。

 もう一度サラリと髪が動く音がした。

 天ノ宮がようやくのことで顔を上げ、御笠親方の顔を見た。

 その両目のはじには光るものがあった。

「だって……」

 言葉を絞り出すが、その後が続かない。

「あん?」

 御笠親方が顔をしかめ、天ノ宮の方へ耳をそばだてる。

「だって、なんだって?」

「……」

 天ノ宮は体を震わせながらしばらく黙っていたが、恐る恐る言葉を選ぶような感じで、ゆっくりと言葉を吐き出し始めた。

「だって……。情けなかったんだもん……。本割(本場所での取り組み)では勝てたのに、能力なしの三番稽古では勝てないんだもん……。自分が情けなくて、悔しくて、つい……」

 その子供のような言い訳じみた応えに、御笠親方の堪忍袋の緒が切れた。

「お前なあああああ!!」

 天ノ宮の組衣レオタードの胸ぐらを強く掴み、無理やり立ち上がらせる。そして、空いていた手のひらで彼女の頬を一つ強く叩いた。

 快音が、一つ稽古場に鳴り響いた。

 みんなが、あっという顔をする。

 それに構わず、御笠親方は顔を真赤にしたまま続けざまに怒声を天ノ宮に浴びせる。

「お前なぁ!! 招待したお客様を傷つけてどうすんだ! しかも彼女は巻島家の姫君だぞ! 巻島家は貴女様の皇室ともゆかりの深い家だぞ!」

 その言葉に、えっ、言う顔を見せ、互いに見合い、そして、ある一点に視線を集中させる。

 その集中した視線の先、姫美依菜はその言葉を聞き、うつむいてしまった。

 ──なんでその話をするの……!?

 巻島家。それは昔この世界に転生してきた別世界人が宗主となった魔法使い系統の貴族家である。彼は前の世界ではコンピュータのプログラマという職業であったらしく、この世界の個有魔法などにプログラムとの共通性を見出し、魔法をプログラム化し、普通の人でも使いやすくするという偉業を成し遂げた。

 同時に、人工知能の応用による魔法の擬人化・人造人間化などにも成功し、様々な分野に影響を与えた。凜花はこの技術から生まれた人造人間なのである。

 このような経緯を経て、巻島家は一大名家としてこの秋津洲皇国に地位を得て、皇室とも交流し、相互に婿入り、嫁入りを行って、血を交わらせていた。

 天ノ宮と姫美依菜の顔立ちなどが似たところがあるというのは、こういうところがあったからなのだ。

 それはともかく。

 御笠親方は、天ノ宮の耳元で、彼女の鼓膜が破れかけんばかりの怒声を浴びせ続ける。

「その姫様を呼んでおいて、稽古で喧嘩相撲ふっかける莫迦がどこにいるか! 自分が皇室の姫様だからって甘えるな! 家柄なんて関係ない!! ここは角界だ! 角界に身を置くものは角界のしきたりに従え!!」

 そう言いながら、もう一度拳を振り上げた。

 それを見た瞬間。

 姫美依菜の頭の中がかあっとなった。

 ──!!

 突然立ち上がり、二人のそばに駆け寄ると、御笠親方を突き飛ばした。

「!?」

「!!」

 御笠親方は現役女力士のぶちかましに吹き飛ばされ、壁にぶち当たって崩れ落ちた。

 支点を失い、その場に崩れ落ちた天ノ宮は目を大きく見開いて、直ぐ側に立つ女力士を見た。

 姫美依菜が、仁王立ちしていた。その体からは怒気が揺らめいていた。

 突き飛ばされた御笠親方は、呆然とした顔で、突き飛ばした相手を見た。

 その突き飛ばした相手に、姫美依菜は顔をクシャクシャにしながら叫んだ。

「私が悪いんです! 天ノ宮の実力も気持ちも考えずに稽古してしまった私が悪いんです!! 責めるんなら彼女ではなく私にしてください!! この稽古の責任は私にあります!! 殴るんなら私にしてください!! それに、家柄なんて関係ないと言いながら、私の家のことを叱責に使うのはやめてください!! 何様ですか、貴女は!!」

 速射砲の様に続けざまに打ち出された姫美依菜の言葉の弾丸を浴びせられて、御笠親方は呆然とし、そして押し黙ってしまった。

 彼女はしばらくそのまま動かなかったが、ようやくのことで立ち上がると、無言でうつむいたまますぐ近くの入口から出ようとした。

 その時、一つ声がした。

「これは、御笠ちゃんの負けだねえ〜」

 天ノ宮が声のした方を見ると、そこには一人の女親方があぐらをかいて苦笑していた。御笠親方と同じ天ノ宮部屋の部屋付き親方の一人、島村親方だった。

  彼女は月詠親方の知り合いである男大相撲力士の鬼金剛の元恋人であり、彼の別の恋人の遊郭の女が関わった「三矢事件」に巻き込まれて角界を去っていた。

 その後、鬼金剛が天ノ宮を十両に導いた功績で名誉が回復し、角界に戻る機会が与えられたが、彼女はそれを断り、天ノ宮部屋の親方になるという選択を選んだのであった。

 彼女の慰めとも取れる言葉に、御笠親方は一度島村親方を見て、それから前の方を向くと、稽古場から出ていった。

 部屋中に、しばらく沈黙が流れたあと、緊張の糸が切れたように、あちこちからため息が漏れた。上がり畳にいた天ノ宮部屋所属力士の誰もが、顔を見合わせる。そして、小さな声で話し合い始めた。

 その中で、天ノ宮はそばで仁王立ちしてした姫美依菜の姿を見上げていた。

 彼女はしばらく黙っていたが、やがて、彼女の口から、

「ごめんなさい……」

 という言葉が漏れた。

「貴女を傷つけながら、貴女に助けられるなんて……」

 続けざまに詫びる言葉を口から押し出すと、もう一度下を向いてしまった。

 その言葉を聞くなり、姫美依菜は彼女のそばにしゃがんだ。

 そして、先程の怒声とは打って変わった優しい口調で、天ノ宮を慰める。

「私だって、謝りたいよ……。貴女の本当の気持ちも考えずに、自分が勝とうとばかり思っちゃって……。本当にごめんなさい……」

 姫美依菜は天ノ宮の顔を見つめた。

 その視線に気づき、天ノ宮は顔を上げ、お互いの視線を合わせる。

 不意に、彼女はきれいだな、という印象を持った。

 それから、彼女は強い、とも。

 自分の弱さに付き合ってくれる。こんな弱々しい自分をファンだと言ってくれた。

 そして自分と対戦するために女力士になってくれた。

 そんな彼女を私は傷つけた。

 もう私に相撲をする資格はないのかもしれない。

 でも。

 そうしてしまったら。

 目の前の彼女は悲しむことだろう。

 そんなことはもうしたくない。

 だから。

 もう一度立ち上がろう。

 彼女のためにも。

 そう思った時。

 天ノ宮の目の前に、そっと手が差し伸べられた。

 自分を尊敬してくれている女力士の強くたくましい手だった。

 その手に、自分の細いと思えるような手を伸ばし。

 彼女の手を、掴んだ。

 そして、引っ張られるまま立ち上がる。

 立ち上がり切ると、もう一度、彼女を見つめた。

 姫美依菜は微笑んでいた。

 その微笑みにつられて、天ノ宮も微笑んだ。

 天ノ宮は嬉しかった。彼女が、自分を見て笑っているのが。

 そう思うと、彼女に愛おしさを感じた。

 胸の鼓動が早くなった。

 なにか声をかけたくなるような、そんな気分になった、その時。

「さーて、丸く収まったことですし〜。おふたりとも、お風呂へ入って汗を流してなさいな〜」

 そんな声が飛んできたので、そちらの方を見ると。

 島村親方が、あぐらをかいた格好のまま、笑うネコのような笑みを見せていた。

 それを見て、天ノ宮も姫美依菜も、頬がかあっと赤くなった。

 愛情や、怒りとは別の意味で。


                                  (続く)



 

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