外伝・初顔合わせ(26)〜お風呂で……(1)〜

 天ノ宮部屋十両以上浴場内で、十両力士天ノ宮は新十両姫美依菜に向かって、

「はい、コンディショナーも終了。きれいスッパリと洗っちゃいましたー」

 そう言って笑った。

「ありがとうございます。天ノ宮関」

 バスチェアに座った姫美依菜は振り向くと感謝の言葉を述べた。

 あこがれの(年下の)先輩に髪を洗ってもらった。それだけでも嬉しいことなのに。

「さて、次は体を洗っちゃいますよー」

 それもされるなんてっ。天にも昇る心地だわ。ああっ、待ちきれないっ!

 姫美依菜は内心よだれを垂らしながら再び前を向くとその瞬間を待った。

 そんな姫美依菜をよそに、天ノ宮は蹲踞をして右足の太ももに自分のタオルを載せ、浴場備え付けのボディソーブのポンプを押してドロリとした白い液体をたっぷりと出し、それをすべて手のひらに乗せるとそれを自分のタオルに載せ、手のひらを前後させる。

 ぎゅうっと圧縮され、押しつぶされたドロリとした液体は薄く広がり、白い天ノ宮の名前入りのタイルに土に染み込むように染み込んでいく。それを確かめると天ノ宮は手のひらで白いタオルを小麦粉をこねるようにぐるぐるとなでた。

 するとこねられたタオルから、怪獣が口から出すように丸い泡が大量に泡立った。それに煽られるように天ノ宮はこねる速度をどんどん早め、泡をもっと増やしていく。

 タオルが泡に包まれんばかりになったのを見ると、天ノ宮はうん、と笑顔でうなずき、

「じゃあ姫美依菜関、背中から洗うよー」

 屈託のない明るい少女の声で姫美依菜に呼びかけた。

 ついに来たー!

 姫美依菜は喜びと緊張のあまり背筋をピンと伸ばした。そのさまを見て天ノ宮は、

「姫美依菜関、そんなに緊張しないでっ。もっと楽にしていいよー」

 苦笑交じりの声をかける。

「は、はいっ」

 姫美依菜は硬い声で返す。

 天ノ宮はもう、しょうがないんだからっ、という苦笑を見せると、姫美依菜の背中の右肩部分にタオルを当てた。

 タオルが触れた瞬間、姫美依菜の股間が小さくうずいた。

 それを知らないというように、天ノ宮はタオルを下へとそのまま下ろす。

 風呂用の布が肌に泡立ちの線を一つ作る。

 その感触に、姫美依菜の頭がかあっと熱くなる。

 天ノ宮は尻のあたりまでタオルを下ろすとすぐさま取って返すように背中の凸凹に沿ってタオルを上げる。姫美依菜はまた感じてしまう。

 彼女は位置をずらして首のあたりにタオルを動かし、即座に下へと下ろす。背中に泡立ちの線が引かれる。

 銀髪金目の姫君は両腕を上下させ、背中でタオルを何度も往復させた。そのたびに、姫美依菜は快感と言うかくすぐったさと言うか、それらが入り混じった触感を味わい、思わず頬を紅潮させる。

 何度も丁寧に確かめるように背中をタオルで洗った天ノ宮は、

「じゃあ、今度は腕を洗うよー。右腕出してー」

 と丁寧な口調で言った。その丁寧な命令口調に、姫美依菜は思わず、

「はっ、はい」

 とうなずきながら、右腕を前に差し出す。

 天ノ宮は少し移動し、右腕を洗いやすい位置に自分の体を置くと、タオルで右腕を包み込むようにし、そのままゴシゴシと洗う。腕が岩肌の波打ち際のようにあっという間に泡立つ。

 天ノ宮はタオルを動かし、右の内側から腋をタオルで擦る。

 タオルが腋をこすった瞬間、姫美依菜の脳に気持ちいい痺れが走り、あ、と声を上げた。その声を聞いた瞬間、天ノ宮は小さく唇を歪めるが、笑い声はあげずに、それを無視するかのように腋を責めるようにこする。

 姫美依菜は続けざまにあっ、あっ、小さく声を漏らした。

 腋を責め立てたあと、天ノ宮は小さく鼻を鳴らし、それを隠すような明るい声で、

「じゃあ今度は左腕ねー」

 と丁寧な声で言った。

 姫美依菜は一瞬躊躇したが、それでも彼女の命令には抗えず、

「は、はい……」

 と小さく首を振ると、右腕を下ろし、左腕を差し出した。

 天ノ宮は姫美依菜が言うことを聞いてくれたのを確かめると微笑んで、また動いて今度は左腕が洗える位置へ移動した。そして名入りタオルを肌に当て、腕の前後に動かす。姫美依菜の筋肉が僅かに膨らんだ。

 天ノ宮は予定調和のように前腕から手を洗い、それから上腕へとタオルを動かして泡だらけにし、そして、当然の帰結のように腋を最後に責め立てる。

 姫美依菜は腋から脳へと伝わった刺激に頬を更に紅潮させ、声を小さく何度も上げる。さらに体を小刻みに震わせるが、洗っている途中の手前、震えを大きくするわけにも行かず、震えを止めようと努力する。

 その様子に天ノ宮は意地の悪い微笑みを見せたが、これ以上気持ちよくして、今果てられても困るというように腕を止め、タオルを離した。

 それから真意を隠すような相変わらず明るい声で、

「じゃあ、今度は両足洗うから」

 と言い、自分の位置を姫美依菜から見て左前へと移した。

 遅れて姫美依菜は風呂の熱さだけではない吐息を吐きながら、

「は、はい……」

 とかろうじて応えた。

 その返答を確認すると天ノ宮は姫美依菜の顔を見ずに、彼女の膝の上にタオルを載せ、太ももを洗い出した。姫美依菜の白い肌があっという間に泡に包まれる。

 しかし不思議なことに、天ノ宮は両太ももは洗うものの、その内側、特に、股間には手を付けない。姫美依菜が不思議に思っていると、天ノ宮はあっという間に膝より下にタオルを動かし、足の甲まで洗ってしまった。

──なんで、あそこは洗わないのよ……?

 姫美依菜が顔をしかめていると、足の爪先までタオルで洗った天ノ宮が姫美依菜の方へと顔を上げ、彼女の顔の高さまで体をあげた。

 その近さに、姫美依菜は心臓を一つ高鳴らせる。

 彼女を無視するかのように、相対する皇族の力士姫は屈託のない笑顔のまま、魔道士貴族の娘に告げた。

「じゃあ最後に、体、洗っちゃいましょうか?」

 有無を言わせないその笑顔に、姫美依菜は思わず、というふうに何度目かの、

「は、はいっ」

 という声を上げ、コクリ、と首を首ふり人形のように縦に振る。

 それを確かめると、天ノ宮は微笑みをさらに大きくして、

「じゃあ、行きますわよっ」

 と言い、手にしたタオルを体へと当てた。

 姫美依菜は胸、あるいは股間にタオルを当てるのだろうと予測した。その覚悟はできていた。

 しかしその予想は外れた。天ノ宮がタオルを当てたのは、くびれのラインが美しく走り、腹筋が僅かに見える腹の部分だった。

 姫美依菜が一瞬不思議そうな顔をしたのを見ると、天ノ宮はどことなく楽しげな表情を見せた。と同時に、腕を動かし、タオルで腹をこねるようにして洗う。

 まずは腹を、そして次に右の脇腹を、それから左を……。と丁寧にタオルで肌を洗い、泡立たせる。そして最後に腹に戻り、そして、胸へと向かう。

 胸を撫でられるように洗ってもらうが、さほど感じるまでもない。

 その優しい手付きに、

 ──やっぱり、天ノ宮関、気を遣っちゃっているのかな……。

 姫美依菜が落胆したのと、安心した思いが入り混じったため息を内心吐いた。

 続けざまに下腹部へと向かう。

 それもまた、思ったほど強い刺激は与えてもらえなかった。

 ──残念だなあ……。あたし、そういうの大好きなのに。

 姫美依菜は我慢強いほうであった。相撲も、そういうことも。

 我慢することは苦でなかった。相撲の稽古もそうだったし、そもそも相撲という挌技自体が、我慢できなくなったら負けという競技だったからだ。

 そして、姫美依菜がこの手の「刺激」に我慢することが苦でないのは、別にいくつか理由がある。


 それはともかく。

 自分の思い通りにはならなかったけれども、それでも姫美依菜は久々に他人に自分の体を洗ってもらうという行為に、

 ──ああ、気持ちいい……。

 快感に身を委ね、いつしか、気が遠くなっていった。


 一方で。

 全身を洗っていた天ノ宮だったが、姫美依菜が全身が泡立った姿を見て、

「美依菜ちゃん。はい、これでおしまいっ」

 タオルを動かす手を止めた。

 そして、自分のその手をじっと見た。

 彼女の手は、様々な液体にまみれていた。

 そんな自分の手と上気した姫美依菜の顔を交互に見たあとで、

「……うん。姫美依菜ちゃん、かわいいっ」

 天ノ宮はそう自分で納得してつぶやくと、一つ微笑むのであった。

 

                              (続く)

 

 







 


 

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