外伝・初顔合わせ(3)〜姫美依菜と天ノ宮の初顔合わせ(後)〜


「ハッケヨイ!」


 姫美依菜が軽く土俵に手を付き、瞬時に立ち上がったのにやや遅れて、女行司の掛け声がかかった。

 そのときには既に、姫美依菜は引いた右手に魔力を集中させ、その白い塊を槍状にして、天ノ宮がいると思われるところへと刺していた。


 ガンッ!


 鈍い音がして、魔力の槍がなにかに当たる。

 頭部とともに持ち上がっていく視界に、光輝く何かが槍に当たって壊れ、その何かの向こう側に、ようやく立ちあったと思われる天ノ宮の姿がうっすら見えた。

──防がれた!?

 そう思う間もなく、脊髄反射的に左手を繰り出し、同じように魔力の槍を投げるように突き出す。


 ガンッ! パリン!


 槍に何かが当たり、そして壊れる音。

 そして魔力の爆風がこちらへと向かって飛んでくる。

──これは天ノ宮の盾!?

 情報通り、天ノ宮は魔法の盾を使って防いできたのか。

 判断する間もなく、天ノ宮の体が右へ動くのを感じた。

──逃さない!

 姫美依菜は右に体を向けると、右手に槍を形成し、天ノ宮がいると思われるところへ打ち込む。


 バリン!


 盾が壊れる音が再びして、爆発が起こる。

 すかさず、魔力の槍を左手で投げる。

 同じような鈍い音の直後に何かが割れる音。そして爆風。

 その爆風に視界を遮られながらも、姫美依菜は知覚をフルに活用して、天ノ宮を追う。

 ──防がれるなら、数を増やす!

 彼女は判断すると、魔力を上げ、突きの動作をする。

 右の手の中に、二本の槍が生まれる。

 その二本にわずかな方向の違いと速度を付加させるとそれらを投擲する。

 

 バリン! バリン!

 

 連続した破裂音。

 それを確認し終える前に、引き動作で左手に二本の槍を生み、突き動作で投げつける。


 ガンッ! ガンッ! バリン! バリン!


「……ノコッタ! ノコッタ!」


 魔法の盾が壊れる破裂音が連続して響く中、行司の掛け声が僅かに姫美依菜の耳へと届く。

──すべて防がれてる……?

 幕下付け出しデビューの新十両力士は、わずかに顔をしかめながら槍突きを繰り返す。

 神経加速の魔法で反応力を上げ、知覚魔法で天ノ宮の位置を先に読んで槍を突き出しているのに、すべて防がれている。

──占術魔法か何か?

 占術魔法とは、文字通り占い的な魔法の総称で、神託・予言などもこれに含まれる。

 しかし、これらの魔法には、人々が神に頼るとろくなことにならないからなどの理由で、厳しい使用制限などが存在する。

 この未来予測は、その使用制限回数を超えているはずだ。

──もしかして、魔導ネットワークによる魔法発動?

 魔導ネットワークに、魔法使いや魔法を発動できる魔導コンピュータなどを大量に接続することにより、使用回数を大幅に増やすことは理論上可能である。

 しかし。

──ならば、その回数を超えて打ち込めば!!

 姫美依菜の手の中で、光条がいくつも輝き、魔法の槍がいくつも生まれる。

 その光の槍の束を、一つは、天ノ宮の体に向けて、一つは、天ノ宮の進行方向へ、もう一つは、天ノ宮が動く方とは逆側へ。残りのすべては適当に投げる。

──どうだ!


 次の瞬間、煙の向こうから、


 ガンッバリン! ガンッバリン! ガンッバリン! ガンッバリン!!


 連続した鉄製の太鼓のような音響が聞こえてきた。


──全部防いだ!?


 姫美依菜の表情と呼吸が一瞬止まった。


 ありえない。

 普通の神託・予言魔法ならとっくのうちに回数を使い果たしているはずだ。

 それなのに天ノ宮の魔盾は正確に自分の槍を防いでいる。

 ならば。

──密着して槍を打ち込むまで!

 姫美依菜は決心すると、今までと同じように両手で槍を投擲する。

 しかし、今度は天ノ宮に直接打ち込むのではなく、天ノ宮の動きを封じ込めるため、彼女の足元に打ち込む。

 煙の向こうにわずかに見える影の左右に槍を打ち込む。

 わずかな爆発。

 影が爆発を避ける。右へ動いた。

 それを見て姫美依菜は左へと動き、右手で槍を右と前へ、左手で左と後ろへ槍を打ち込む。

 槍の投擲に気がついた相手が、動きを止めた。

──今だ!!

 すかさず姫美依菜は影へと突進した。

 その前に爆発が起こる。構わない。

 そして右手を突き出し、下から繰り出すようにして腹の辺りへと当てる。

 と、同時に魔力を手のひらに集中させ、魔力を放出させた。


 ドンッ!


 体が震える鈍い音がした。

 確かな感触を得た。

 煙が晴れる。

 と同時に何かが左肩から下にかけて当たり、同時に両回しに何かが掴まれる。

 体がものすごい力で引きつけられる。

──!!

 その時姫美依菜は理解した。


 天ノ宮が、自分の回しを取ったことを。


 天ノ宮は待っていたのだ。自分が焦れて近づいてくることを。

 そして、回しを取り、彼女の形に持っていくことを。

──まずい!!

 慌てて腹に当てた右手で天ノ宮の右回しを取り、左手もそれに習う。

 できるだけ奥の方へ腕を伸ばし掴むが、中途半端に終わる。

──動きを止められた! しかも長期戦になってる! いけない!

 そう思いこらえようとするが。相手は当てた肩と腕、首と体をうまく使ってあっという間に姫美依菜の体を起こす。

──吊り寄り!?

 姫美依菜は必死に腰を下へと下ろした。教則通り、足を前後に開き、腰を沈める。

 その時。

 天ノ宮の体と組衣が光り輝いた。

 ハイネックタイプの白い組衣に幾条もの線が走り、その線がいくつもの色に変わっていく。同時に、組衣の素地が広がっていく。

 さらに、姫美依菜が触れている天ノ宮の筋肉が膨らんでいくのを感じた。

──これは!?

 驚愕する間もなく、天ノ宮はその姿を変えていた。組衣は、白から赤と銀、僅かな黒を主体とした色合いに。女優とも思える体つきから、がっしりとした体型に。

 そして、銀の長髪は、燃えるような赤毛に、一条の流れ星のような銀筋へと。

 そう、天ノ宮はまさに。


 姿を変えたのだ。


──!!

 天ノ宮の変貌に姫美依菜はさらに双眼を見開いたが、それもわずか。

 ますます強くなる腕力に、彼女は必死になってこらえる。

「ハッケヨイ!」

 行司が二人を覗き込むように見て掛け声をかける。

 今まで感じていなかった汗のぬめりを、全身から感じていた。

──振りほどけないものかしら。

 そう思い、体を左右に揺すってみる。

 しかし、全く動かない。

 それどころか、ますます圧力がかかり、体に重みがのしかかってくる。

 足を下げそうになるが、それを我慢する。


 ハァ……、ハァ……、ハァ……。


 自分の呼気が、ふいに耳へと伝わってくる。

 体中の力がだんだん抜けてくるのを感じる。

 自分の中で手がないのを感じていた。

 将棋で言う、「詰み」に近いような感覚だ。

──なんとしてもこの状態から脱しないと……。

 姫美依菜は必死に頭をめぐらし、そして、決意した。

──やってみるか!

 彼女は次の瞬間、ありったけの力を入れて体を起こした。

 わずかに右手を離す。

 そして、自分の持てる魔力を右手の手のひらに集中させて、天ノ宮の脇腹に触れた。

 魔力のゼロ距離射撃。

 姫美依菜はこれにすべてを賭けたのだ。


 しかし。


 次の瞬間。


 その魔力が、姫美依菜の体へとすべて返ってきた!!


「アアーッ!!」


 思わず姫美依菜は、甲高い悲鳴を上げた。

 姫美依菜は、魔力の親和性が高いと先に説明した。これがどういうことかと言うと、単純に言えば彼女に対する魔法の効果が高くなるということだ。

 つまり。

 貫通さえすれば、彼女に対する攻撃魔法の効果は、通常よりも高いのだ!

 全身に電撃にも似たしびれと衝撃が走り、彼女の体から急速に力が抜けてゆく。

 姫美依菜の視界がぼんやりとして、意識が遠くなる。

 股間に、生暖かくぬるいものを感じた。

 と同時に、自分の体が持ち上がっていくのを感じる。

 天ノ宮が廻しを掴んで吊り上げているのだ。

 本来ならば、ここで姫美依菜は体を暴れさせ、足をバタバタとさせて、相手の吊りに抵抗するのが筋なのだが、彼女には、その気力はとうに失われていた。

 数歩、赤子を運ぶかのように運ばれて。

 そのままそっと降ろされた。

 両足が地面についた瞬間。

──負けた……。

 それだけ思うと、姫美依菜の全身から力が抜け、その場に崩れ落ち、真後ろへと倒れ込む。

 眼の前が真っ暗になり、意識が遠くなる。

 すべてが消え去るその前に、

「……姫美依菜関!?」

 という天ノ宮の高貴な声色の声が聞こえてきたような気がしたが。

 それを確かめる間もなく。

 姫美依菜は、意識を失った。


                                  (続く)






 

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