外伝・初顔合わせ(4)〜保健室って響き、いいよね〜


「ん……、うん……っ」

 どこからか眩しい光を感じ、姫美依菜は気を取り戻した。

 何度か体を揺らすように動かし、ゆっくりと目を開ける。

 白い天井と白光が、目に入る。

 眩しさを感じながら、噛みしめるように言葉を押し出すように言う。

「ここは……」

「カブキタウン国技館医務室。姫美依菜関、あなたはあの一番のあと気絶してここに担ぎ込まれてきたのよ」

 起き上がり、声のした方へと起き上がると、体にかぶさっていた白いものが落ちるのを感じた。

 シーツのようなものだった。

 それにかまわず声の主を見ると、白衣を着た自分よりも年のいった女性が、女性の看護師を連れて立っていた。その後ろや周囲には机や棚が置かれており、そこには本や機械式表示窓タブレットや医療用医薬品や医療用魔法杖などが置かれている。

 美依菜には見覚えがあった。女力士の身体測定・健康診断の時に測定してくれた女医の一人だ。元女力士だったと記憶している。

「どうやら魔弾をあなたが打ち込んだ時に、天ノ宮の体に反射魔法でも付加されていたのでしょうね。で、反射されて、あなたの体に全部打ち込まれたわけ。あなたの魔法親和体質も相まって、かなりの威力があったようね。生命に別状はなかったけど、そりゃ、気絶はするわね」

「……」

 明るく振る舞う女医の言葉から、姫美依菜は目を背けると自分の体を見た。組衣と回しは脱がされ、患者用の薄い白い着物を着せられていた。そして白いシーツ。

 自分は医務室に運ばれ、ベッドで眠っていたのだ。

 その事実と、先程の女医の言葉、そして、股間にまだ残る僅かな温み。

 それらがないまぜになって。

「うっ……」

 胸にこみ上げるものがあって。

「うっ……」

 悔しさと恥ずかしさがあって。

「ううっ……」

 拳を握りしめると。

 自然と、涙がこぼれ落ちた。

 その時、彼女の様子に気がついたのか、女医が姫美依菜の方を再び向いた。

 ベッドの方へと近づき、美依菜の視線に合わせるようにしゃがむ。

 そして、遠い昔を見るような目で、少し寂しげな顔で笑った。

「……悔しいのね。あたしも昔そんなことが度々だった。でも、その悔しさを糧にするのが、女力士の活力なのよ」

 そう言って女医は立ち上がると、姫美依菜の頭を撫でた。

「……うっ」

 姫美依菜の両目から二筋の流れるものが、頬を伝う。

──憧れの人と取り組めたのに、全く敵わなかった。技が通用しなかった。いいようにあしらわれた。

 さらにその場で醜態を晒してしまった。大勢の観客の前で。

 私は……。

「……情け、ない」

 自分の下半身にかぶさっているシーツをぎゅっと掴む。

 その手の強さを見て、女医は過去の自分を見るかのように、そっと手を頭から離した。

 そして、片手に持っていた魔導機械式表示窓の画面を見ると、少し困ったような、諭すような笑顔を見せて言った。

「……体調は問題ないようね。怪我もないようだし。さあ、浴場で風呂に入って、気分でもすっきりさせてきなさい」


                    *


 相撲力士が一番後に風呂に入ってもいいのは十両以上の関取であり、これは男相撲でも女相撲でも変わらない。

 女子大相撲の場合(男子でもそうだが)、各国技館(相撲場)の東西力士控室近くに浴場やシャワールームがあり、そこで取組後の汗などを流すことになっている。

 というわけで。

 女医に促され、姫美依菜は風呂場の湯船の中へと身を沈めていた。

「……」

 街の銭湯程度はある広さの、桃色のタイルが貼られた浴場と浴槽。浴槽近くには大きな木製の水桶が何杯も置かれている。

 浴場内には、姫美依菜の一番のあとに自分の一番を取った女力士たちが何人か浴槽に入っていたり、洗い場で体を流したりしている。

 彼女らの表情は、明るいもの、笑っているもの、嬉しそうなものと、冴えないもの、浮かないもの、何かをこらえているものの二通りに分かれていた。それぞれ、何を意味するかは、言うまでもなかった。

 姫美依菜は無論後者だった。肩まで湯船に沈めたまま、無言で身じろぎもしなかった。

──あんな無様な負け方じゃ、天ノ宮関あの人にあわせる顔なんてない……。

 顔を半分、温かい湯に沈める。

 そのまま、目を瞑る。

──何をすれば勝てたのだろうか。

 どういう攻め方なら、あの人を倒せただろうか。

 ……何度考えても、見つからない。

<虹色の乙女力士>。様々な魔法を習得し、同時に複数発動できる個有魔法を持った乙女力士。

 しかし、今はそれだけではない。自らの姿を変え、その能力すら大きく変えることができる。

 そんな能力、どこで手に入れたというのだろうか。

 修行の成果、というには少し、大げさすぎる。

 それに、あの組衣装束姿、どことなく……。

 まさか……。

 美依菜が勢いよく頭を湯から突き出したときだった。

 風呂場の扉が勢いよく開いた。

 風呂場にいた乙女力士たちの視線が、一斉に注がれる。

 その視線たちの先には。

「……姫美依菜関は、いらっしゃるー?」

 一糸まとわぬ姿の、長い銀髪に青い目、白い肌の長身で程よく育った双丘の姫君が、白色のタオルを手に白い歯を見せていた。


 天ノ宮、だった。


                                  (続く)



 

 



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