外伝・初顔合わせ(20)〜家柄とか階級とか関係なく〜
「ねえ、天ノ宮関。あたしが巻島家の娘だって、知らなかったんですか?」
天ノ宮部屋の十両以上浴場で、シャワーを浴びながら投げかけた姫美依菜の問いに、天ノ宮は、
「……知らなかったです。わたくし、他人のことをあまり知ろうと思いませんから」
と自分もシャワーを浴びながら即答した。少し顔を下に向けながら。
事実だった。彼女は自分のことを知られなくなかった。だから、他人のことを詮索したくなかったのだ。相手を詮索するということは、自分も詮索されるということであるから。
彼女の知られたくないような素振りの口調と顔つきを見て、姫美依菜はホッとした表情を見せた。
「……そう。あたしも、天ノ宮関が誰かなんて知らなかった。知ろうともしなかったわ。だって、私は家柄とか階級とか関係なく、一人の女力士として、天ノ宮関に惚れましたから」
「……!」
その告白を聞いて天ノ宮は顔を上げ、目を見開いて姫美依菜の顔を見た。彼女は天ノ宮に向かって微笑んでいた。
そしてそのままお互い身じろぎもしなかった。二つのシャワーの音が、浴場中に二重奏を響かせていた。
しばらくの後、天ノ宮が絞り出すように声を上げた。
「ほ、本当……?」
「本当よ。嘘を言ってもしょうがないでしょう?」姫美依菜は笑みを深めながら天ノ宮に応えた。「あたしはあなたの相撲を見て惚れたんです。その体で、大きな相手を力強く寄り切る取り口の相撲を見て。あたしはその相撲を見て、貴女のような力士になりたい。そう思ったんです。だから一生懸命稽古して、ここまで来たんです」
「……そう」その応えに、天ノ宮も安堵のような笑顔を見せた。「わたくし、あなたを稽古の相手に呼んで本当に良かったわ。
そう言いながら、ふと我に返った彼女はシャワーの栓を止め、シャワーヘッドをシャワーフックにかけた。彼女の体は熱い湯に濡れていた。肌を水玉や汗が下へと流れ、落ちてゆく。肩から上の湯が下へと落ち、二つの乳房へと流れ、乳首から滴り落ちる。同じ様に腹部の湯が下へと流れ、陰毛へと集まり、墨汁を含んだ筆のように膨らみ、滴り落ちていく。
そのさまを見て、姫美依菜は美しいと思った。まるで神々の御使いのよう。彼女はシャワーをゆったりと浴びる銀髪の姫君の姿を見ながらそう感じた。
そう思いながら自分もたっぷりと湯を浴びたのを感じ、シャワーの栓を止めヘッドをフックに掛けると、立ち上がった。
「さあ、湯船に入っちゃいましょうか。ゆっくり汗を流しながら、色々お話いたしましょうか、天ノ宮関?」
そう言って姫美依菜は濡れた銀髪の力士姫に、力士とは思えない美しい手を差し伸べた。天ノ宮は彼女の手を見ると、一つうなずき、
「……はいっ」
はにかみながらそう応え、同じように力士とは思えない美しい手を差し出し、差し伸べられた手を取った。
手を握られたのを知ると姫美依菜は力強く相手を引き上げると、天ノ宮を立ち上がらせた。
それからお互いは相手の顔を見た。
ふたりとも頬を赤く染め、恋人を見つめる目つきだった。
そして二人はお互いに向け一つうなずくと、舞踏会の舞踏場に進み出るパートナーたちのように、湯船へと向かって歩き出した。
(続く)
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