外伝・初顔合わせ(38)〜自爆、誘爆、ご用心〜
「そんなことより〜、ちゃんこの準備ができましたよ〜ぉ」
天ノ宮部屋の揚座敷で、姫美依菜と天ノ宮がお互いに次は負けないと睨み合ったとき、打ち鳴らされた手二つとともに、鬼すらも脱力させるような気の抜けた声が部屋中に響き渡った。
周囲の視線がその声の持ち主へと一斉に集まった。
見れば。
部屋付きの親方、島村親方が、変わらぬのほほんとした笑みで、天ノ宮と姫美依菜を見つめていた。
親方の力の抜けた声と表情を見るなり、姫美依菜と天ノ宮も、肩の力を抜き、ほっ、と一息吐くと、
「しょうがないわね、美依菜ちゃん」
「ええ、天ノ宮関」
と苦笑しあった。
顔を見合わせた二人へ、続けざまに、
「もうっ〜、お風呂に入っていたときはあんなに仲良さそうだったのに〜、相撲のことになるとにらみ合うなんて〜、おふたりとも本当に忙しいわね〜っ。まるで違う人みたいよ〜、ふたりとも〜。さあさあ〜、稽古と長風呂でお腹が空いているでしょうから、ふたりとも、たっぷり食べなさい〜」
と追い打ちをかけるように島村親方が声をかけた。
島村親方は本当にしょうがないわねえ、というような顔である。心からそうなのであろう。風呂場であんなものを見たあとで、揚座敷でこんなものを見てしまうと、そう思わざるを得ないのかもしれない。
そして。
ふたりとも、通常モードと相撲モードと百合モードではキャラが違い過ぎである。ちなみに、天ノ宮はそれらのモードでは声の感じ、口調なども違う。さすが(?)「虹色の乙女力士」である。
それはふたりとも普段と相撲のオンオフができているという証拠なのでもあるが、こうオンオフの切り替えが激しいと、見てる側としても本当にこれが同一人物なのか、と思ってしまいたくもなる。
それはともかく。
親方の言葉を聞くなり、天ノ宮は風呂で姫美依菜にお姫様抱っこされた状態を島村親方に見られたのを思い出し、急に顔を真赤にさせた。
「も、もう、余計なこと言わないでくださいよ島村親方ぁ!! あれはなんでもないんですから! 姫美依菜関に抱っこされたのはちょっとのぼせちゃったからで!!」
「……あら〜、そんなこと、わたしは言っていませんけど?」
「え……?」
数秒間、天ノ宮は何を言われたのかわからなかった。
それから島村親方の言葉を反芻する。
そして気がついた。
自爆したーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!
次の瞬間、天ノ宮は下を向くと顔をさらに真赤に染まった。
そのさまは燃える石のようでもあった。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
声にならない声を上げて、その場にしゃがむ。両耳を手で塞ぐ。
内心が五文字の言葉で埋め尽くされる。
やらかしたやらかしたやらかしたやらかしたやらかしたやらかしたやらかした
やらかしたやらかしたやらかしたやらかしたやらかしたやらかしたやらかした
やらかしたやらかしたやらかしたやらかしたやらかしたやらかしたやらかした
言ってないことを自分から言ってしまって、自爆したー!!
なんでこんなのに引っかかるのよ! わたくしの莫迦! 莫迦! 莫迦!!
周りの視線が痛い。
うう、部屋主なのに……。
みんなからあれこれ言われるに違いない。
部屋ができて早々に、黒歴史ができるなんて……。
あー、死にたい……。
その時だった。
ぽん、と肩を一つ叩かれた。
「天ノ宮関」
その声に誘われて、顔を上げれば。
姫美依菜関の変わらない笑顔が、そこにあった。
そして彼女を励ます口調で、こう言った。
「ねっ、ちゃんこ食べよっ。いっぱい食べれば、嫌なことも忘れちゃうわよっ」
それはこれからのことを待ち望んでいる顔であった。
天ノ宮部屋のちゃんこが、楽しみでならないらしい。
その笑顔を見て、天ノ宮は彼女をがっかりさせてはいけないと思った。
自分を好きな女力士が自分の部屋のちゃんこを待ち望んでいるのだ。
自爆したことはつらいけど、今はそれを隠さなきゃ。
そう思うと、天ノ宮はその姫君の美しい顔を笑みで湛えさせて、一つ返事をした。
「はい、姫美依菜関」
はたから見ればなんという切り替えの速さであるが、それは皇族である彼女が幼い頃から教え込まれてきた礼儀作法、というか、皇族としての演技のたまものであった。それは芸人のそれにも似ていた。
本音を隠し、自分の与えられた「役割」を演じる。それは芸人も高貴な者も同じようなものであると言えた。本音を晒すことは自分の立場を失うこともあるのは、その二つにおいては同様であった。
それはさておき。
彼女のさまを見るなり、姫美依菜は内心でほっと一つため息を付いた。
同様に、島村親方も、凜花も、彩華姫も、その他の十両女力士たちも幕下以下女力士たちも、一斉に頬を緩め、空気も緩んだ。
皆、一安心できたようであった。
内心、天ノ宮を弄る案件が一つできて嬉しがっていることは、また別として。
その本音を隠して、島村親方は大きく一つうなずくと、部屋の厨房の方へと声をかけた。
「準備できたから〜、ちゃんこ持ってきて〜」
(続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます