外伝・初顔合わせ(39)〜みんなで食べるちゃんこは美味しいもの(1)〜

「準備できたから〜、ちゃんこ持ってきて〜」

 天ノ宮の宮殿艦内にある天ノ宮部屋の上がり畳で、部屋付き親方の島村親方が隣接する厨房の方へ声をかけると。

「はーい。わかりましたー」

 という若々しく元気な女子の声が聞こえてきた。

 間をおかず、複数の足音が聞こえてきて。

 厨房へ続く入口の方から、数名の幕下以下女力士たちが、大きく深い鍋や何枚も重ねた皿を手に入ってきた。

 同時に、芳しい匂いが、姫美依菜の鼻をついた。醤油ベースの鍋の匂いだ。

「ちゃんこ鍋ね。わたし、貴女の部屋のちゃんこがどういうものか知りたかったの、天ノ宮関」

 畳の上に置かれたちゃぶ台の前にあぐらをかいて腰をおろしながら、姫美依菜は待ってましたと言う顔をした。

「え、ええ……」

 先程のやらかした衝撃から若干立ち直りきれないものの、この部屋の登録上の主である天ノ宮は姫美依菜の楽しげな声に、苦笑を返しながら天ノ宮の隣に腰を据えた。

 彼女は正座である。育ちの良さが伺えた。

 そして、いつもの気の強い相撲女子の顔に戻って、

「わたくしの部屋のちゃんこは、ちょっと変わってるかもしれないから期待してて」

 と、不敵な顔を見せた。

「変わってる……?」

 と姫美依菜が首をかしげたときだった。

 厨房の奥から、ちゃぶ台の上にある鍋のものとは異なる種の匂いが、厨房の方から届いてきた。

(え……?)

 と姫美依菜が戸惑う間もなく、答えはやってきた。

 二人のエプロンに浴衣姿の女力士が、それぞれ一個ずつ鍋を手にぶら下げて上がり畳に入ってきたのだ。

 その鍋の内容は姫美依菜にはすぐに分かった。一つは味噌ベースで、もう一つは塩ベースのちゃんこ鍋だ。

「えっ!? しょうゆと味噌と塩の鍋を同時に食べるんですか!?」

 姫美依菜はびっくりした顔で天ノ宮に問いかけた。

「そうよ」天ノ宮は自慢げな顔で姫美依菜の驚いた顔を見た。「わたくしの部屋は、人数が多いものですから、鍋も同時に複数種類作って、料理も多数のものをどっさりと出すの。ある意味バイキング形式に近いわね。これが天ノ宮部屋のちゃんこの方針よっ」

 そう言う間にも、様々な料理が載せられた皿や鍋、炊飯器などが部屋に何台もある広いちゃぶ台の上に女弟子たちの手によって次々と運ばれ、あっという間にちゃぶ台が料理や皿などで埋め尽くされた。

「すっごいでしょ? わたくしの部屋のちゃんこは?」

「え、ええ……」

 姫美依菜は目の前に広がる料理群から立ち上る芳しい匂いに圧倒される思いであった。姫美依菜が所属する砂岡部屋もちゃんこの味に関しては他の部屋に負けない自信はあるが、流石に違う味の大鍋三つを同時に用意するというというのは聞いたことがない。

「まっ、これも天ノ宮ちゃんがくいしんぼうだからですけどね〜」

 その時、ちゃぶ台の一つの前に座っていた島村親方が、変わらぬ笑顔を天ノ宮の方へ向けると、自慢げな彼女に向かって突っ込みを入れた。

「島村おやかたぁ!」

 天ノ宮は表情を崩し、余計なことを言わないでよ、という顔をした。

 その慌てように、姫美依菜は、ん? と興味をそそられた。

(天ノ宮関、そんなにくいしんぼうなのかしら?)

 これは天ノ宮の弱点がまた一つゲットできるかも、と思った 彼女は、島村親方の方へと顔を向けると、興味深い、という顔で問いただした。

「島村親方、そんなに天ノ宮関ってよく食べるんですか?」

 その問いに、島村親方は待ってましたとばかりに腕を組みながら笑みを増し、応えた。

「ですよ〜。天ノ宮関は月詠部屋に入門する前から相当な大食いだと、月詠親方もおっしゃっておりましたよ〜。なんでも〜、稽古が終わると稽古場に持ち込んでいたお菓子の袋に手を入れていては、小動物のようにもりもり食べていたとか〜。月詠部屋では『食欲魔神』と呼ばれていたそうですよぉ〜」

「言われてません言われてませんっ!!」

 天ノ宮が合いの手のように否定の言葉を入れた。

 しかし、島村親方は平然とした顔で、

「でもぉ〜、今でもよく食べるじゃないですか〜。稽古の後とか〜。宮殿の稽古場の方とかでもみんなとよく食べると聞きましたよぉ〜? でも毎場所前の身体測定で全く体重が増えないのは、さすがだと思いますよぉ〜?」

 と褒めてるんだかけなしているんだかわからない言葉を更に続けた。

「へえ……」

 姫美依菜は少し呆然とした表情を見せた。

(食欲魔神、かぁ……)

 そんなことを思っていると、

「これでも小学校の頃はかなり太ってて大変だったんですけど……。その頃親兄弟姉妹などから『お前は豚に似ているな!』と散々言われて、筋力をつけるのを兼ねて皇城を何周もするとかして、ようやくの思いで痩せたら、今度はどんなに食べても太らなくなって……」

「その御蔭で〜、天ノ宮関は辛抱強い相撲が取れるようになったんですよ〜。二番後や水入りの相撲も怖がらないし〜、大きな相手でも我慢して逆転勝ちしたりする相撲ができるのも〜、そのダイエットトレーニングのおかげだと思いますよぉ〜」

 そう天ノ宮と島村親方は言い交わした。

「そうなんですか……」

 姫美依菜はただ感心の言葉を放つしかなかった。

 そうする間にも、上がり畳には、関取、幕下以下問わず、天ノ宮部屋に所属する女力士たちが続々と集まり、それぞれのちゃぶ台の周りに座ってきていた。


 皆が待ちに待っていた、昼食の始まりであった。


                               (続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る