外伝・初顔合わせ(40)〜みんなで食べるちゃんこは美味しいもの(2)〜

 天ノ宮こと依子姫の宮殿艦「天ノ宮」内にある天ノ宮部屋の上がり畳では、いくつか置かれたちゃぶ台に力士の食事の呼び名であるちゃんこのちゃんこ鍋や、ご飯、サラダや惣菜、肉料理などが配膳され、そのちゃぶ台の周りには天ノ宮部屋の女力士たちが続々と集まってきていた。

 上がり畳の最も奥手中央には、天ノ宮部屋の主である天ノ宮や、部屋付き親方である島村親方や、今日対戦し、その後、対二代華の稽古のアンマとして呼んだ姫美依菜、それに部屋で最上位である関取衆の数名が座り、その周りを番付がやや下がる関取や幕下以下の女力士たちが、思い思いの座り方で、それぞれのちゃぶ台に座っていた。

 その間を、幕下以下でも番付の低い、まだ若い女力士たちがすり抜け、ちゃんこ《料理》を盛った皿をそれぞれのちゃぶ台に置いたり、そばにある炊飯器からもうもうと湯気の上がるご飯をお茶碗に盛ってそれぞれの力士たちの前に置いたり、急須で茶を湯呑に注いだりする。

 ──にぎやかなものねー。

 客人として呼ばれ、今は午前中の稽古を終えて天ノ宮とともに風呂に入り、自分の名入りの相撲浴衣姿でくつろいでいる姫美依菜は、騒がしい上がり畳の情景を見回しては、その光景を羨む視線で眺めた。

 姫美依菜が所属する砂岡部屋も、人が多い方と言えばそうだ。しかし、何十畳もある広い上がり畳がぎっしり埋まるほど人がいるわけではない。

 これなら、様々なタイプの力士がいるだろうし、稽古も充実したものができるだろう。部屋内で何番も行う勝ち抜き戦とかも余裕でできる。天ノ宮部屋はこの場所直前に部屋開きをした最も新しい部屋だと言うのに、これだけの人数をよく集めたものだ、と姫美依菜は思う。

 これも皇室の威厳のおかげなのかしら。

 そう思うと、心の奥底に僅かな妬みさえ浮かんでくる。しかし、それをすぐに打ち消し、羨望へと変える。

 彼女が女子大相撲に入門する前、場所前一門連合稽古で天ノ宮と会ったとき、部屋に入らない? と誘われた。それはこの天ノ宮部屋ではなくその前に所属していた月詠部屋なのだが、その時まだどの部屋に入門するか決めていなかった姫美依菜こと巻島美依菜にとっては、魅力的な誘いであった。

 だが彼女は最終的に月詠部屋ではなく、砂岡部屋に入門することを選んだ。それは女子も男子も、同じ部屋での本割での対戦は組まれないという決まりがあったあからであった。つまり、美依菜は天ノ宮と対戦したかった。そういうことである。

 姫美依菜の願いはかなった。そして今、姫美依菜は天ノ宮とともにちゃんこをいただこうとしている。それはそれで嬉しいことであった。

 一方で。

 ──この部屋の賑わいなら、対戦することを諦めて、月詠部屋に入っていたほうが良かったかもしれない……。

 姫美依菜はそうも思っていた。それならば、自分も月詠部屋から天ノ宮部屋へと、彼女についていっただろう。そしてこの喧騒を日常にできただろう。そう思う気分もあった。

 しかし。

 ──やっぱり、天ノ宮関と戦えて良かった……。

 彼女は思い直す。稽古の場ではわからない、相手の本当の力、相撲の厳しさは、やっぱり対戦してみないとわからないものだ。今回は負けてしまったけれども、また次勝てばいい。彼女の底知れぬ実力に敵うかは別として。

 それに、この対戦で彼女に認めてもらい、こうして稽古に誘えてもらって、風呂に一緒に入ることもできたのだから、これ以上ない幸せと言うべきなのだろう。

 ──対戦していなかったら、こういうことがなかったのかもしれない……。

 そんなことを思っていると、

「おや、姫美依菜関。そんなに幸せそうな顔をしてあたりを眺めて、どうしましたかい?」

 目の前から声が飛んできた。

 姫美依菜が声の方を見ると、姫美依菜と天ノ宮が座っているちゃぶ台の反対側、島村親方と彩華姫が座っている側にいる、同じくちゃぶ台前に座っている関取のうちの一人からだった。

 彼女は紫の髪に同じ色の、鋭い切れ長の目で、相撲浴衣も同じ紫色だった。体は女性らしい細身だが、背はしっかりと伸びており、浴衣に沿って見える肩や腕の線はしっかりしたものに見える。妖艶な女剣士か、はたまた酒場の女将のような雰囲気を匂わせる姿だ。

 歳は30代ほどに見えたが、不老不死が珍しいことではないこの秋津州世界においては見かけと歳が大きく違うことはよくあることだ。

 彼女は、と思い、表示窓ヒョウジ・ウィンドを開くよりも脳内検索で火花のように思い出す。彼女は元幕内、奥瑠依那おくるいだだ。

 蓬莱部屋に所属していた彼女は、様々な能力を持った組衣を着替えることで様々な戦闘スタイルに変わるタイプの女力士であり、変幻自在の取り口を見せていた。

 それでかつては引退直前の月詠部屋の親方である元横綱月詠華と対戦し、金星を挙げたこともある実力派女力士だ。

 彼女は関取に成り立てから多くの内弟子を取り、奥瑠依那グループと呼ばれるグループを形成していた。と同時に、当時男子大相撲の大関であった鬼金剛と、内弟子たちを含めて力士と力巫女の関係にあった。

 それゆえ、彼女が当時鬼金剛と恋人同士であった月詠華を含めた数名の女力士と彼を取り合っていたことは、角界では有名な話であった。

 しかし、ある事件によりその関係は終わりを告げる。三矢事件である。三矢と呼ばれる遊郭の遊女が、鬼金剛を利用して彼女が違法相撲賭博や八百長などの主犯になっていたという、一大相撲疑獄であった。

 これにより鬼金剛はもちろん、奥瑠依那も、当時奥瑠依那のグループの一員であった彩華姫やグループの女力士たちは、角界から追放あるいは引退の憂き目にあった。

 それで終わったと思った事件が突然動いたのは、天ノ宮が十両に昇進したときだった。突如、この件に関して横綱審議委員会で会合が開かれ、再調査が行われた。その結果、奥瑠依那や彩華姫たちの無実が確定し、角界への復帰が認められたのだ。

 これは天ノ宮を十両に押し上げた鬼金剛の功績により、皇室が命じたと言われていたが、真相は闇の中であった。

 それはともかく、そういう経緯で、彼女らの角界復帰が認められた。その時、彼女らを受け入れると表明したのが復帰直前に部屋の独立を表明した天ノ宮(部屋)であった。復帰女力士たちはその申し出を受け入れ、天ノ宮部屋に所属することになった。

 それはともかく。

 目の前に座っていた先輩関取の問いに、姫美依菜は少し驚いた表情を見せると、少し首を傾けた。


「えっ、わたしそんなに幸せそうな顔をしてましたか?」


                               (続く)



 

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