外伝・初顔合わせ(1)〜前フリって大事だよね〜
──今、私は最も戦いたかった、いや、会いたかった相手(ひと)と相対している。
彼女は
心臓は早鐘をうち、体中から汗が滲んでくる。やや大きな胸は息に合わせて上下するのが自分でもわかる。
──落ち着いて、美依菜。いつものあなたなら、こんなに緊張しないじゃない。いつもの自分を取り戻すのよ。
そう自分に言い聞かせたものの。
幕下付け出しで女角界デビューし、その場所のうちに全勝優勝し、十両に昇進した「稀代の天才女力士」でも、今日の取り組みはさすがに緊張せざるを得なかった。
その理由は二つあった。
一つは、彼女が対戦を望んでやまなかった、会いたかった相手であること。
そしてもう一つは、その対戦相手がこの国最高位階級出身の女力士であること。
この二つ。
そう。
彼女が今日取り組む相手とは。
秋津洲皇室皇太子の
美依菜、いや、秋津洲皇国国民がその事実を知ったのは、美依菜が大学を卒業し、部屋に入門してすぐのヤヨイ場所前のことであった。
きっかけは、何気ない週刊雑誌のスクープであった。
──月詠部屋の十両力士の天ノ宮は、実は皇室一家の依子姫である!
センセーショナルな見出しとともに誌面に載っていたのは、皇城の車乗入れ口で皇室の公用車に乗り込む、相撲浴衣姿の天ノ宮の姿であった。
その誌面に、人々はこぞって週刊雑誌を買い、その売上は普段の十倍以上の売れ行きを示した。
彼女が所属する月詠部屋には大勢の報道陣が殺到した──かと思いきや、その前に、皇室が記者会見を開くと通知し、即日会見が開かれた。
皇城の大広間で、記者たちが魔導カメラなどを構えて待ち構える中、姿を表したのは──。
天ノ宮こと依子はもちろん、皇王、皇后、皇太子、皇太子妃、その他もろもろの皇族一家であった。
天ノ宮は、報道の通り、わたくしは依子皇女でございます。と前置きした上で、
「わたくしはわたくし自身のために相撲を取ります。あなた方のために相撲は取りません。他の力士の方も、みんなそう思っております」
と言い切った。
その言葉を継いで、皇王が、柔らかく優しい声で、
「依子がそう言っているのだから、報道の皆も、国民の皆も、天ノ宮を、力士皆を、応援し、優しく見守ることを、朕は望んでいます」
そうお言葉を述べられた。
それでケリはついたようなものだった。
しかし、問題は残っていた。
天ノ宮をこのまま、月詠部屋に残しておくのはどうかという問題である。
十両以上の貴族以上階級の力士は、部屋を出て自分の屋敷や宮殿などを持つことが許される。しかし、天ノ宮は公式上、自分の屋敷を持っていなかった。
また、天ノ宮が実は皇族ということがわかった以上、部屋の力士たちの態度なども変化するだろう。しかし番付上の上下関係が絶対と言える角界において、別の上下基準において部屋の人間関係が動くことはあまり良いとは言えない。
その問題に、皇王はなんとも直接的な方法で解決した。
彼女に、相撲部屋の施設を併設した都市(実際には宮殿だが)飛空艦を与え、その宮殿飛空艦に「天ノ宮部屋」と言う部屋名を与え、親方と若干名の女力士などとともに、天ノ宮を移籍させると発表したのであった。
これなら、セキュリティ面でも安全が保たれるし、彼女の階級問題も解決される。さらに、飛空艦=宮殿(家)=部屋なので、天ノ宮がもし幕下に再陥落しても問題ない。
というわけで、会見直後の翌日、彼女は新京湾沖の都市艦停泊地に浮かぶ宮殿艦「天河」に引っ越し、部屋開きをし、新しい力士生活を始めることになったのであった。
──これから取り組む相手のあれやこれやを、逃避のように思い返しながら、姫美依菜は視線を土俵の向こう側へと定めた。
長い銀髪に青い目、白い肌という、高貴な方々特有の特徴を持った天ノ宮は相変わらず変わらぬ冷静さを保った顔であった。
──相変わらず綺麗なお方。背が高くて女性として理想の体型で、小顔で……。まるで女優さんみたい。
姫美依菜は彼女を一瞥すると、何度も抱いた評価をまた心中でつぶやいた。
彼女を見ると、脳がかあっと熱くなって、心臓の鼓動が早くなる。そして、体の下腹部の、女性にとって大事なところがきゅうっとなる。
つまりは、そういうことだった。
そういう姫美依菜も、相対する相手と変わらぬ体型であった。ただ、彼女は長い黒髪に黒い目で、この国の平凡な一般人の容姿をしているだけであった。
しかし、その相撲経歴は眼を見張るものであった。小学校の頃から女子相撲の大会で何度も優勝し、大学三年の時には、女子大相撲(つまり、職業相撲)を除く相撲大会の頂点である、全秋津洲女子相撲選手権で優勝するという偉業を達成し、その成績優秀さから、女子大相撲で幕下付け出しデビューの特権を与えられたのであった。
姫美依菜、彼女の相撲の特徴、いや、彼女の体質と言ったほうがいいかもしれない──は、魔法に対する親和性であった。
具体的に言うと、自分にかけられた(強化)魔法の効果が通常よりも増大するという体質なのである。しかも、普通の人よりも、魔法を重ねがけすることができるという体質も彼女は兼ね備えていた。
これを利用し、彼女は自分の体に様々な筋力や体力・反射神経などの増加・強化魔法をいくつも体に重ねがけ、それらの能力を強化させて相撲に臨む。これにより、彼女よりも体格で遥かに勝る大柄の女力士たちを、軽々と寄り切るなどしてきた。
更に付け加えると、同時に外からかけられる魔法に対する抵抗魔法も同時にかけることにより、張り手と同時に繰り出される攻撃魔法や、接触するなどして、相手の魔法を封じる魔法消去魔法などに対する対策なども講じてあり、そのような対策も十分であった。
「のこった! のこった!」
──それなのに、この言いようのない胸の高鳴りはなんなんだろう。
土俵上で繰り広げられる女力士たちの一番を目で追いながら、姫美依菜は言いようのない不安、いや、期待とも願望とも妄想とも取れるものに包まれていた。
天ノ宮。<虹色の乙女力士>。彼女は様々な共通魔法や個有魔法を習得し、それを次々と繰り出してくる、多彩な魔法や技を持った力士だ。
しかし、彼女にも弱点はあって、速攻に比較的弱いことがはっきりしている。つまり、立ち会いとともに相手より早くぶつかり、相手が体勢を整えないうちに寄り切ったり押し出したりする。この取り口が有効とされている。
それを実現するために、自分のやれること。自分の反射神経魔法を最大化し、できるだけ立ち会いを優位にすること。
相撲は、その勝敗の七割から八割が立ち会いによって決まってくると言われている。それだけ立ち会いは大事なのだ。
よし、まずは立ち会いが大事だ。その後は相手をよく見て、自分の相撲を取る。それだけだ。
そう彼女が心の中でうなずいたときだった。
「勝負あった!」
土俵の上で、女行司の声が飛んだ。
見れば、こちら側──東方の女力士が、相手を土俵外に投げ飛ばしていた。相手は、枡席の奥の方で転がっていた。ピクリとも動かない。
相手が土俵に戻れそうにないのを見て、行司は勝った女力士を東徳俵前へと戻し、勝ち名乗りを上げた。
それを見ると、姫美依菜はごくりと一つ息を呑み、軽くうなずいた。
ついに、時が来た。
姫美依菜と天ノ宮の初顔合わせの一番が、いよいよ始まるのだ。
(続く)
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