外伝・初顔合わせ(7)〜黒塗りの高級車だけどぶつかりません〜
「え、天ノ宮関の宮殿にですか?」
風呂場の中で、姫美依菜は目を丸くするとそう返した。
突然のことでそう返すのが、精一杯、と言った風でもあった。
「そうよ。わたくしの御所──宮殿へ行きましょ。そこでいろいろおしゃべりしたり、二人で稽古したりしましょ」
「でも、師匠とかが──」
「いいのいいの。向こうにはわたくしが言っておくわ。まあこんな時に自分の権力を使うのは嫌だけど、わたくしが言ったんなら、向こうもそういいえとはそう言えないでしょ、ね?」
姫美依菜の方を見下ろしながら、まさに美少女の無邪気な笑顔でそう提案してくる姫君に、姫美依菜は、ただ、
「は、はぁ……」
とだけしか応えることができなかった。
その応えに、天ノ宮は、じゃ、決まりね、というような満面の笑みをみせるのであった。
*
風呂から上がり体を拭き、下着を着て相撲浴衣を着込むと、ロッカーにしまっていた風呂敷を手にすると、二人はカブキタウン国技館をあとにした。
既に天ノ宮は姫美依菜の部屋の親方に連絡を入れ、了承を取り付けていた。これが天ノ宮の、皇族の政治力なのね、それに親方もそういうものには弱いのね、と姫美依菜は二回ほどため息を吐いた。
天ノ宮には十両としては数の多い付き人たちが周りを固め、護衛としても働いていた。天ノ宮の隣を歩きながら彼女らに周りを固められていると、自分も偉くなったような気がして、姫美依菜の気分は高ぶった。
出待ちの客から声が飛ぶ中、二人は国技館出入り口に止まっていた黒塗りの高級乗用車に乗り込んだ。ドアが閉じられると、それまで周りから聞こえていた喧騒が一気に消えた。
──これが皇族が乗り込む車……。私がよく乗るハイヤーも結構いい車だけど、シートの座り心地といい、やっぱり違うわ……。
そう姫美依菜が感嘆していると、天ノ宮がこちらを見た。
「ちょっとは驚いてくれたようね? まあ、これでもあまりいい車じゃないけどね」
「でもこれかなりのグレードの高級車じゃないですか……」
「防魔法構造とかにはしてあるけど、それでも価格としては抑えめよ。貴人向けの普段乗り車にVIP仕様の改造を施したものだから」
「へえ……」
そう言い合う間に、車は音もなく走り出していた。魔法と電気駆動のハイブリッド車で、内燃機関を使わない車だからだ。
車は数台で車列を作っていた。真ん中の二人が乗る車を挟み、付き人たちの車が護衛しているのであった。
その後で天ノ宮は
「ほら、この奥夕夏、手相撲だけど相手のそれぞれの腕を掴んでいるでしょ?」
「はい」
「……で、こうして低い姿勢のまま投げる。投げと言うよりはひねりね」
「突然腕が土俵についちゃった感じですね……」
「相手も組んで圧力をかけているから力を出しているはずなのに、ああやってひねって土俵につけるんだからものすごい怪力よね、奥夕夏って。彼女も十両一両目で全勝力士だから、対戦するときには気をつけないとね」
「はい……」
放送を見ながら二人は、相撲人らしい、技術的な会話を中心にやりとりをした。
天ノ宮の発言を聞きながら、姫美依菜は彼女の話の的確さに舌を巻いていた。さすがは先輩力士だと、思えさえもした。
しかし、心のもう一方では疑念が渦巻いていた。疑念と言うよりかは、彼女もそうなのではないかというものであったが。
──あまりにも的確すぎて、どこかで資料を見ていたり、スローモーション動画を別の目で見ているような……。やっぱり、天ノ宮関って……。
姫美依菜は確信した目つきで、一つ首をわずかに縦に振った。
その時だった。
「ほら、もうすぐアキツダイバよ」
天ノ宮の声に、姫美依菜は彼女が指差す方を見た。
窓を見ると、車は海辺の道路を走っていた。新京湾岸線だ。その湾岸線が向かう先が、アキツダイバ・アキツアリアケなどだ。
新京中心部からアキツダイバへ向かう湾岸線は、一つの橋で結ばれていた。アキツダイバ大橋だ。その白い橋桁の道路は、新京の大動脈の一つとして、活動している。
アキツダイバ大橋は、その端で大きく一回転する作りになっていた。その一回転の間に高さを稼ぎ、超大型客船や超大型空母などが通れるようになっているのだ。
車列はその円の中に入り、上へ上と上昇していった。
そのぐるりと円を書く途中に。
道路の分岐があった。しかしその左へ分岐する道は、橋の描く本来の道から外れていた。
だが、車列は平然と左側の分岐へと入っていった。
車列は本来の車道の下をくぐり、海へと飛び出すような道筋を描いていた。
そして、道は途切れていた。
それを無視するかのように、車列は平然とその道を進み……。
空へと、飛んだ。
懸命なる読者の皆様は覚えておられるだろうか。この世界の車の多くは、空を飛ぶようにできているのである!
これは無論、科学技術と魔法技術の融合によるものであり、この世界では当たり前のように使われているものである。
それはともかく。
大橋のループから飛んだ二人を載せた車は、魔導機関の力で空を進んでいた。
陽光を反射する海の光が、姫美依菜の目を優しく刺す。
彼女は隣りにいる美少女の姫君に声をかけた。
「天ノ宮関、宮殿って、飛空艦ですよね?」
「ええそうよ。シンキョウ湾沖合に停泊してるの」天ノ宮は言い慣れた言葉遣いで応えた。「他の支援大型艦や護衛艦などと一緒に。他の船とか飛行機や飛空艇とかに配慮して、奥の方に停泊してるから、少し時間はかかるけど、その間相撲を見てましょ」
そう言うと、視線を再び表示窓に戻す。その目は評論家や観客のそれではなく、まさに現役の、相撲人の視線であった。
姫美依菜は彼女の顔つきに、今日何度目かの驚嘆のため息を内心で吐きながら、同じように表示窓の女子大相撲中継の画像に視線を戻す。
いつの間にか、二人の隣り合う手は重なり合っていた。
(続く)
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