外伝・初顔合わせ(12)〜自分の得意と苦手をわかっているのは強い証拠〜
天ノ宮の宮殿に併設された天ノ宮部屋の稽古場の土俵で一番を終えた姫美依菜と天ノ宮は再び東西に分かれると、向かい合った。
東に天ノ宮、西に姫美依菜という位置だ。
それぞれの仕切り線前に立った二人は、もう一度蹲踞する。
──先程は勝てたけど、次はどうか。
姫美依菜は腰を下ろしながら思った。
今自分に求められているのは、仮想二代華としての、突き押しの速さだ。
それをやりきるしかない。
片手を土俵につけ、じっと相手の目を見る。
今度は天ノ宮も片手だけを土俵につけていた。
なるべく立ち合いを速めようというのだろう。
ならば、受けて立つのみ。
決意すると、姫美依菜は残る手を土俵につけた。
それに応えるかのように、天ノ宮も自分の残る手を土俵につける。
瞬間。
両者は立ち合った。
ばあん、という快音が鳴り響いた。
最初に手を出したのは。
天ノ宮だった。
すばやく突いた手が、姫美依菜の体を突く。
姫美依菜の体がのけぞった。
のけぞりながら、姫美依菜も天ノ宮の体を突く。
彼女の手も天ノ宮を突くが、若干弱い。
──こ の!
思わず憤りに近い感情を見せながらも、姫美依菜は残る手で突き返す。
天ノ宮の残る手も突いてきた。
二人の手が、ほぼ同時に突き合う。
お互いの手がお互いの体を突き、体のバランスを崩そうとする。
突きに抗い、腰と足を中心とした体全体で抵抗する。
それからすぐさま先程突いた手を引き、すかさず突き出す。
繰り出された突きが胸を突き、双丘の片方をたわませる。
──つっ!
たわみが起こした歪み、あるいは突き自体がもたらす痛みにこらえながら、姫美依菜は両手を回転させて連続した突きを繰り出す。
天ノ宮も同様に、胸、腹、時には顔に突きを喰らいながら、それを感じさせない平然さで突きを続けざまに繰り出す。
二人の突っ張り合いは同等に思えた──わけではなかった。
回転が良いのは、明らかに天ノ宮の方だった。
体、特に、胸への集中した突きが、姫美依菜の体のバランスを崩し、後退させる。
──このままじゃ!
姫美依菜は突きの方向性を変えた。腕で相手の体を突くのではなく、相手の突きをそらす方を選択したのだ。
同時に足の動かし方を変え、土俵を回るように足を動かす。突きに押されて後退しないように、土俵を使うのだ。
姫美依菜のリアクションを見て、天ノ宮は姫美依菜に付いてきながら、突きの幅広さを変えてきた。
まるで、姫美依菜の両腕の間の幅を広げるかのように。
──あ。
姫美依菜は天ノ宮が何をやってくるのか理解した。
突きを止める。前に出る。両腕を伸ばす。
天ノ宮が腕を伸ばしてきたのは、ほぼ同時だった。
姫美依菜の体に衝撃が走った。
構わず、天ノ宮の白銀色の廻しを掴む。
天ノ宮も、姫美依菜の黒鋼色の廻しを掴んでいた。
姫美依菜は右下手を、天ノ宮は左上手の廻しを掴んでいた。
姫美依菜の左手は、天ノ宮の右の手首を掴んでいた。天ノ宮の飛び込みにとっさに反応し、かろうじて掴んだ手だった。これで相手が自分の両廻しを掴むことは避けられた。
当然、天ノ宮は振りほどこうと右腕を動かす。そうはさせまいと姫美依菜は彼女の手首を強く握り、動かせまいと左腕に力を入れる。同時に、足を大きく開き、姿勢を安定させる。
お互いの顔は、相手の肩に置いていた。自分の荒い息、相手の荒い息が顔にかかり、耳に大きく響いてくる。
姫美依菜はちらりと目で天ノ宮の顔を見た。
──ここからどう仕掛けてくる?
そう思いながら相手に圧力をかけ、天ノ宮の右腕が暴れないように左腕に力を入れ続ける。
すると。
天ノ宮は次の手を打ってきた。
体を大きく開き、上手投げを投げてきたのだ。
──くっ! なんて力!
姫美依菜はそれに抗う。体がくるりと回る。
バランスを崩すことは逃れたが大きく体が開いたことにより、掴んでいた右腕を離してしまった。
それを逃す甘い天ノ宮ではなかった。投げた後、足を動かすと自ら姫美依菜の懐に飛び込み、残る右手で下手を掴んだ。
慌てて姫美依菜もその上から相手のまわしを掴む。相四つの状態となった。
相四つで、再び動きが止まる。もともと突き押しが得意で、四つは苦手な方な姫美依菜としては、この体勢はやりにくい。彼我の有利不利は逆転したのだ。
なんとか離れようと、体を動かし、腕を振りほどこうとする。しかし天ノ宮の腕力は強く、姫美依菜の暴れる力を抑え込む。
そうこうするうちに姫美依菜は、自分の息が上がりかけているのに気がついた。もともと短期決戦が身上の彼女ゆえ、長期戦になると当然不利なのだ。
──なんとかしないと!
思いながら姫美依菜は次の手を打つ。腰と足を使い、強引に右下手投げを打つ。投げで腕を振りほどくためだ。そうでなくても、位置を変え、自分に有利な位置へと体を動かすためだ。
しかし、それが逆に仇となった。投げを打ったことで姫美依菜のバランスが崩れてしまったのだ。
彼女のバランスの崩れを知った天ノ宮は一気に前に出た。圧力が一層強くなる。
姫美依菜の足が自然に、勝手に後退する。
いけないと思いながら姫美依菜は足と腰で抗おうとするも、あっという間に土俵際へと押し込まれる。
抵抗しようとも思ったが、これは本割ではなく三番稽古。体力はあとの番に取っておこう。怪我をしないためにも。
適度にこらえた後、姫美依菜の足は、土俵を割った。
天ノ宮は彼女の体から離れ、
「これでわたくしも一番取りました。さっ、どんどん番数取りましょ」
そう一番取ったあととは思えない良い笑顔で、付き人から差し出された水入りのペットボトルに一口つけタオルで体を洗うと、再び土俵へと戻っていった。
天ノ宮は姫美依菜に声をかけたときには、既に息はいつものとおりだった。汗はかいているがさほどということでもなく、一歩きしたあと程度のようにも思えた。
──なんて疲れ知らずなの……。
姫美依菜は荒い息を吐いて大粒の汗をかき、部屋の幕下以下女力士から差し出されたペットボトルの水をゴクリと飲みながら、心の中でうめいた。
──自分はご覧の有様だと言うのに……。あんなに平然とした表情で……。
空のペットボトルを女力士に渡し、続けざまに思う。
──やっぱり接近戦は駄目。自分の得意な突きで一気に押し出さないと。天ノ宮関もそれを求めているんだし、自分の相撲を取りきらないと。
顔を一つ縦に強く振ると、タオルで顔と体をさっと一吹きする。
最後にタオルもそばにいた女力士に渡し、
──よしっ、次の一番も頑張ろう。
両手で顔を強く一叩きすると、土俵へと戻るのであった。
(続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます